ot

2017年10月2日月曜日

カモになりたきゃ、ニュースを聴け(ナシーム・ニコラス・タレブ)

0 件のコメント:
ナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、これが最後の引用です。シグナルとノイズの話題です。

科学では、ノイズとは実際の「音」以外にも使われる一般的な概念であり、求めている情報を理解するために取り除く必要のある、何の役にも立たないランダムな情報を指す。(中略)

ビジネスや経済の意思決定では、データ依存は強烈な副作用をもたらす。現代では、縦横無尽なネットワークのおかげでデータは山ほどある。そして、データ漬けになればなるほど、偽の情報の割合も大きくなる。めったに話題にならないが、データにはひとつの性質がある。大量なデータは有害なのだ。いや、ほどほどの量でも。(中略)

データに触れれば触れるほど、「信号」と呼ばれる貴重な情報よりも、ノイズに触れる可能性は不釣り合いに高まっていく。ノイズ対信号比が高くなるわけだ。それに、心理的な混乱ではなく、データそのものに潜む混乱もある。たとえば、情報を年1回確認するとしよう。株価でも、義父の工場の肥料の売上でも、ウラジオストクのインフレ指数でもいい。仮に、年単位でみると、情報の信号対ノイズ比がおよそ1対1(ノイズと信号が半分ずつ)だとする。つまり、変化のおよそ半分は本当の改善や悪化で、残りの半分はランダムな変化ということだ。年1回の観察ではこの比率だが、同じデータを日単位で見ると、ノイズが95パーセントで信号が5パーセントになる。さらに、ニュースや市場価格の動向のように、1時間単位でデータを観察すると、ノイズが99.5パーセントで信号が0.5パーセントになってしまう。ノイズが信号の200倍もあるわけだ。よって、(大事件でもない)ニュースを一生懸命聴いている人たちは、カモの一歩手前なのだ。(上巻p. 212)

信号(シグナル)とノイズについて取り上げた本としては、過去記事「これから坂を下る人」で取り上げた『シグナル&ノイズ』が楽しめました。

ノイズに触れる機会を減らすように説いた文章としては、ウォーレン・バフェットの過去記事「2013年度バフェットからの手紙 - 投資に関するわたしからの助言(1)」が参考になります。

「ニュースに触れていなかった間に株価が下がるのは困る」というのであれば、ジョン・テンプルトンの教え「(ルールその10)狼狽するな」に従うのはどうでしょうか。

問題なのは、「ごく少数の事件のせいで、企業価値が激減する」場合です。これこそ前々回のタレブの話題にでてきた「脆い」企業の典型です。このような企業への投資を検討する際には、リスク管理を重んじる必要があると思います。私見になりますが、そもそも投資しないか、リスク影響度(リスク・エクスポージャー)を吸収できる以上の割安な値段で買うか、ポートフォリオ全体に占める比率を小さく抑えるか、といった選択肢のなかから意思決定するのがよいと思われます。

2017年9月28日木曜日

暴落という名の浄化(ナシーム・ニコラス・タレブ)

0 件のコメント:
何回か前の投稿で取り上げたナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、市場の暴落に関わる話題を引用します。

変動には浄化の働きもある。小さな山火事が定期的に発生することで、とても燃えやすい物質が一掃されるので、蓄積せずにすむ。"安全のため"に山火事を体系的に防ごうとすると、大火事が起きたときの被害はいっそうひどくなる。同じような理由で、安定は経済にとってよくない。後退することもなく、ずっと安定して成長を続けている企業は、非常に脆弱になる。そして、隠れた脆弱性が水面下で蓄積しつづける。だから、危機を先送りにするのはあまりよくない。同じように、市場に変動性がないと、罰を免れた潜在的リスクが膨らんでいく。市場が打撃を受けていない期間が長ければ長いほど、いったん混乱が発生したときの被害は大きくなるのだ。

この安定性がもたらす逆効果を科学的にモデル化するのは簡単だ。でも、私はトレーダーになったころ、ベテラン中のベテランだけが使っているヒューリスティック(経験則)を教わった。市場が"新安値"に達すると、つまり長い間経験していなかった水準まで下落すると、人々が出口に殺到し、"大量の血"が飛び散るのだ。金を失うことに慣れていない人々は、大きな損失を食らい、苦痛をこうむる。たとえば、その市場価格が2年ぶりの水準なら、「2年来の安値」と呼ばれ、1年来の安値よりも大きな被害をもたらす。うまいことに、この現象は「クリーンアップ(浄化)」と呼ばれている。"弱いプレーヤー"を追い出すという意味だ。"弱いプレーヤー"というのはもちろん、自分が脆いことに気づいておらず、誤った安心感に惑わされている連中のことだ。弱いプレーヤーがいっせいに出口に殺到すれば、全体を崩壊に導く。変動性のある市場では、長い間リスクの"クリーンアップ"が起こらないことはありえないので、こういう市場の崩壊を避けることができる。

ラテン語の言い回しを借りるなら、「たゆたえども沈まず(Fluctuat nec mergitur)」ということだ。(上巻p. 175)

2017年9月24日日曜日

オークツリー式の投資手法(ハワード・マークス)

0 件のコメント:
Oaktreeのハワード・マークスが書いたメモから、2つ目の引用です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

メディアが示した反応(より一部を抜粋)

新刊を執筆するにあたって、投資家が平均以上の成績を達成するためにできることを、大きく2つに分類しました。

・「選択」、つまりよい成果が得られるものをより多く保有し、悪い成果になるものをなるべく減らすように努めること。

・「サイクルに応じた調整」、つまり市場が上昇する際にリスク・エクスポージャー(リスク資産の度合い)を増やし、下落する際にその度合いを減らすように努めること。

[席を共にしていた評論家が言ったように]「良い時期も悪い時期もない」と甘受するのは、つまり上述した後者を放棄することを意味します。実に見事な成績をあげてきたバフェットが、「他人が強欲なときには恐れるべし。他人が恐れるときには強欲たるべし」と教えてくれたにも関わらず、その評論家はどうやら次のように言いたいようです。「いついかなるときも、足並みそろえて欲深くあれ(あるいは足並みそろえて恐れをなせ)」と。

「保有資産を市場の状況に合わせて調整することで、投資成績を向上させられる」と私は痛切に感じていますし、オークツリーではそうすることができました。2005-06年には注意に注意を重ねましたし、1990-91年や2001-02年そして2008年にリーマン・ブラザーズ社が破産を申請した直後の時期には、積極果敢に行動しました。それというのも、以下の観点において論理的な判断を下しておいたからです。

・市場における振る舞い
・評価水準の度合い
・リスキーな資金の調達しやすさ
・投資家の心理や行動の状態
・強欲ならびに恐れの出現状況
・通常のマーケットサイクルでみたときの、市場が現在位置する段階

そのような取り組みと「マクロ的な予測は、オークツリーが実践する投資のカギではない」とする投資哲学上の原則とは相反するのではないかと問い質されても、「否」であると明言できます。重要なのは、それらを評価するには現状を注視することだけが必要であり、「ある将来像」を凝視する必要はない点です。

「行く末がどちらなのかわからなくとも、今どこに居るのかは是が非でも知るべき」とは、常々申し上げている言葉です。投資対象がどのように値踏みされているのか、また投資家がどのように行動しているのかを観察したところで、明日に何が起こるのか知り得るものではありません。しかしそのことは、「現在はどこにいて、それゆえに少し先までの未来を支配する勝算」について多くを語ってくれます。もっと積極的になるべきか、あるいは守備的になるべきかを読み取ることもできます。ただし「常に正確である」とは期待できませんし、当然ながら「知るや否や正しい」わけでもありません。

私と共にテレビ番組に出演していた人物が、「良い時期も悪い時期もない」と発言していました。この弁については反論の余地があります。彼が言わんとしていたことは、「現状はどの位置にあるのか判断する能力を大多数の人は欠いているので、先に述べた件は挑戦しないほうがよい」というものでした。

それが困難であるという意見には賛成です。上昇と下降から成るサイクルでは、たいていはファンダメンタル面の変化が発端となっています。また揺れ動く感情が極端な地点へと押しやります。ファンダメンタルに関する情報や感情面における影響は、だれもが同じように受けます。もしそれらに対して典型的な反応を示せば、その人のとる行動も典型的なものとなります。サイクルに従い、極端に際しては痛ましいあやまちを犯します。それとは反対にうまく対応するには、すなわち逆張りかつサイクルと逆に動くことで成功するには、第一に市場サイクルを理解することが必要です。これは、経験を積むか歴史を学ぶことを通して身に付けられます。第二に、外部からの刺激に対する感情的な反応を統制できることが必要です。これはあきらかに容易なことではありません。平均的な投資家(一例として、サイクルを極端へと駆動する人たち)がそうできれば、そこまで極端な高低には振れないはずです。しかし投資家たるもの、試みるべきです。正真正銘の逆張り派にはなれない、つまり極端に際して逆向きに行動できないのであれば(難しいのは認めますが)、それでは群衆に付き従うのを拒否してみるのはどうでしょうか。(p. 2)

Media Reaction

In working on my new book, I divided the things an investor can do to achieve above average performance into two general categories:

- selection: trying to hold more of the things that will do better and less of the things that will do worse, and

- cycle adjustment: trying to have more risk exposure when markets rise and less when they fall.

Accepting that “there is no better or worse time” simply means giving up on the latter. Whereas Buffett tells us to “be fearful when others are greedy and greedy when others are fearful” - and he’s got a pretty good track record - this commentator seems to be saying we should be equally greedy (and equally fearful) all the time.

I feel strongly that it’s possible to improve investment results by adjusting your positioning to fit the market, and Oaktree was able to do so by turning highly cautious in 2005-06 and highly aggressive in 1990-91, 2001-02 and immediately after the Lehman bankruptcy filing in 2008. This was done on the basis of reasoned judgments concerning:

- how markets have been acting,
- the level of valuations,
- the ease of executing risky financings,
- the status of investor psychology and behavior,
- the presence of greed versus fear, and
- where the markets stand in their usual cycle.

Is this effort in conflict with the tenet of Oaktree’s investment philosophy that says macro-forecasting isn’t key to our investing? My answer is an emphatic “no.” Importantly, assessing these things only requires observations regarding the present, not a single forecast.

As I say regularly, “We may not know where we’re going, but we sure as heck ought to know where we stand.” Observations regarding valuation and investor behavior can’t tell you what’ll happen tomorrow, but they say a lot about where we stand today, and thus about the odds that will govern the intermediate term. They can tell you whether to be more aggressive or more defensive; they just can’t be expected to always be correct, and certainly not correct right away.

The person who said “there is no better or worse time” was on TV with me, giving me a chance to push back. What he meant, he said, was that the vast majority of people lack the ability to discern where we stand in this regard, so they might as well not try.

I agree that it’s hard. Up-and-down cycles are usually triggered by changes in fundamentals and pushed to their extremes by swings in emotion. Everyone is exposed to the same fundamental information and emotional influences, and if you respond to them in a typical fashion, your behavior will be typical: pro-cyclical and painfully wrong at the extremes. To do better - to succeed at being contrarian and anti-cyclical - you have to (a) have an understanding of cycles, which can be gained through either experience or studying history, and (b) be able to control your emotional reaction to external stimuli. Clearly this isn’t easy, and if average investors (i.e., the people who drive cycles to extremes) could do it, the extremes wouldn’t be as high and low as they are. But investors should still try. If they can’t be explicitly contrarian - doing the opposite at the extremes (which admittedly is hard) - how about just refusing to go along with the herd?

少数厳選主義のチャーリー・マンガーは、短期的な市場の変動には目を向けずに超然とした株主でありつづけるタイプです。一方で彼の高弟ともいえるハワード・マークスは、債券や苦境にある(distressed)企業などへの投資を扱っているせいか、オーソドックスな「安く買って、高く売る」原則に従っているようです。同氏は優れた常識感覚の持ち主ですし、そのうえで今回のようなさまざまな観点から現状を診断して行動につなげることで、リターンの上積みや下落リスクの管理を図っているものと受けとめました。彼が示すように、強力な基本原則を軸として堅実な肉付けをしたり工夫を積み重ねたりすることでも、投資の世界では十分な成功をあげられるのだろうと感じました。

2017年9月20日水曜日

2017年バークシャー株主総会(6)高IQすなわち儲け上手とはならない

0 件のコメント:
バークシャー・ハサウェイ年次株主総会の質疑応答から、おなじみの話題「資本配分」についてです。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

資本配分能力について

<質問> 資本配分に関するアイデアを交わし合うのは、これからも長く続くのでしょうか。

<マンガー> ずっと続くことはありえないですね(笑)。

<バフェット> チャーリー、負け犬根性はいけませんよ(笑)。

バークシャーの取締役会一同が抱く考えだけでなく、現在の場合であればわたしたちがいなくなったあとのためにチャーリーやわたしが推薦する面でも、当社で仕事に就く後継者にとって「資本配分の技量が一定の評価を得ていること」が最重要であるのは確かです。バークシャーでは資本配分がおどろくほどに大切だからです。

現在の株主資本は2,800か2,900億ドルほどになります。次の10年だけをとれば、だれも正確には予測できませんが、現在の償却費が年間70億ドル程度の水準ですから、次のマネージャーが10年間に配分しなければならない資金は、おそらく4,000億ドル程度になるでしょう。今から10年後のバークシャーは、過去に生じたすべてよりも多くの資金を10年間で受け入れた事業集合体になっていると思います。バークシャーのCEOという仕事には、とても理性的な資本配分者が必要です。いずれはその人物を得るでしょう。

しかし、資本配分が得手ではないかもしれない人物に任せるのは、とんでもない間違いです。かなり得意な人でないといけません。そのことがどれだけ大切か理解しているからこそ、わたしたちバークシャーには優位があります。そこに焦点を当てているのです。非常に多くの会社では能力や売り上げ実績に基づいてトップの座につく人を決めますが、それらはどれも事業を進める上での異なった側面です。自らの手に資本配分といったものが任された彼らは、経営戦略部門を設立したり、投資銀行家の話をきいたりするでしょう。しかし自分でやるほうがうまくできるものです。

資本配分の経験がないまま別の経歴を歩んできた人は、バイオリンを演奏するつもりでカーネギー・ホールへ行って、ステージに歩んだところでピアノへと導かれるようなものです。他の領域については多くの能力があっても、資本配分をする能力は実のところ持っていない人にバークシャーを任せても、うまく運営することはできません。わたしはその力を「金儲け思考」[原文ではmoney mind]と呼んでいます。

IQテストなどで120とか140といった成績をとれる人たちがいるとします。そういった人たちのなかには、「ある種類のことは得意ながらも、他はそれなりの能力」という人がいるものです。すごく頭が良いものの「金儲け思考」で考えることができず、そのせいでとても愚かしい決定をくだしてしまう人たちを知っています。ほとんどの人間ができないあらゆることをこなせるのに、彼らの脳はそのようには働けないのです。他方でそこまでは賢くなくても、SATのテストは良くできていますが、金勘定でおろかな決断を下したことがまったくない人たちも知っています。たくさんの才能を持った人がバークシャーのCEOになってほしいとは望みますが、「金儲け思考」ができない人はまったく望んでいません。

<マンガー> 株式を買うという選択肢もありますが、それならばお手上げというほどの問題ではないでしょう。いずれにせよ、何かしら賢明なことをするでしょうから。

<バフェット> 「金儲け思考」のできる人には、「株を買う上で、妥当なときとそうでないとき」がわかります。実のところ「株の購入についてどう考えているか」と問うのは、経営面での能力を試す上でかなりすぐれたテストになります。その手の主題を真正面から考えたりする際に、それほど複雑な方程式は出てきません。人によって考え方はちがうと思います。しかし他のことでは飛びぬけてすぐれていると思われる人が、株の買いどきがわりとはっきりしている話題で、なんともバカバカしいことを言うわけです。

(PDFファイルのp.23。Yahoo! Finance映像では2:54:00)

CAPITAL ALLOCATION ABILITIES

Q. Will bouncing ideas off one another on capital allocation continue long into the future?

Charlie Munger: It can’t continue very long.

Warren Buffett: Don’t get defeatish, Charlie.

Any successor that is put in at Berkshire - proven capital allocation abilities are certain to be uppermost in the Board’s mind, in the current case, in terms of my recommendation and Charlie’s recommendation, for what happens after we are not around. Capital allocation is incredibly important at Berkshire.

Right now we have $280 or $290 billion of shareholders’ equity. If you take the next decade alone, nobody can make accurate predictions on it, but in the next ten years, if you take - appreciation [misheard "depreciation?"] right now is another $7 billion a year, or something on that order. The next manager during the decade will have to allocate maybe $400 billion or something like that. Ten years from now, Berkshire will be an aggregation of businesses where more money has been put in in that decade than everything that took place ahead of time - you need a very sensible capital allocator in the job of being CEO of Berkshire. We will have one.

It would be a terrible mistake to have someone in this job where capital allocation will not be their main talent - it should be very close to their main talent. We have an advantage at Berkshire in that we do know how important that is. There is that focus on it. Many people get to the top through ability and sales, all different sides of business. They then have capital allocation sort of put in their hands. They may establish strategic thinking divisions and listen to investment bankers, but they better be able to do it themselves.

Charlie Munger: If they come from a different background and haven’t done it…

Warren Buffett: It’s like getting to Carnegie Hall by playing the violin. You then walk on stage and they hand you a piano. Berkshire would not do well if somebody was put in who had a lot of skills in other areas but really didn’t have an ability for capital allocation. I call it a money mind.

People can have 120 or 140 IQs, very similar scoring abilities in terms of intelligence tests. Some of them have minds that are good at one type of thing and some at others. I’ve known very bright people that do not have money minds, and they can make very unintelligent decisions. They can do all kind of other things that most mortals can’t do, but it isn’t the way their wiring works. I’ve known other people that are not that brilliant - they do fine on an SAT test - but they never made a dumb money decision in their life. We do want somebody - hopefully, they’ve got a lot of talents, but we certainly don’t want somebody if they lack a money mind.

Charlie Munger: There’s the option of buying in stock, which isn’t like it’s some hopeless problem. One way or another something intelligent will be done.

Warren Buffett: A money mind will recognize when it makes sense to buy a stock and when it doesn’t. In fact, it’s a pretty good test for some people in terms of managements of how they think about something in terms of buying stock. It’s not a very complicated equation if you sort of think straight about that sort of a subject. Some people think that way and some don’t, and they’d probably be miles better at something else, but they say some very silly things when you get to something that seems so clear as to when buying stock makes sense.

2017年9月16日土曜日

反脆いシステムとは(ナシーム・ニコラス・タレブ)

0 件のコメント:
『ブラック・スワン』で有名なナシーム・ニコラス・タレブが書いた新刊の邦訳『反脆弱性』を、少し前に読了しました。実は数年前に原書のペーパーバックをある方から頂いており、いつでも読む機会はあったのですが、もたもたしているうちに翻訳版が出版されてしまいました。

「反脆さ」(Antifragile。名詞形Antifragilityの訳語は反脆弱性)という言葉はタレブ自身による造語で、「脆さ」とは逆に機能する性質を示す概念です。短い文章で表現すれば、「変化に際して、以前よりも強くなる」といった意味かと思います。本書では著者が経験したり学んだりした「反脆い」事例が列挙されており、読み進めることでその概念をよりよく理解できるようになります。

著者タレブが主張する論理や哲学は完全無欠からは遠いと思いますし、例によって侮蔑的な文章もそれなりに紙面を費やしています。しかしそれらを大きく割り引いたとしても、本書に目を通して彼が築いた「反脆弱性」の概念になじむ価値は大きいと思います。たとえばリスク管理やシステム分析のツールとして有用だからです。さらに言えば、メンタル・モデルのひとつとして位置づけるにふさわしい概念だからです。

今回は同書から「反脆い」物事の一例として「反脆いシステム」に関する部分を引用してご紹介します。まずは、どのようなシステムが「反脆い」のかを説明した文章です。

工学者であり工学の歴史家でもあるヘンリー・ペトロスキーは、見事な点を衝いている。タイタニック号があのような致命的な事故を起こさなければ、私たちはどんどん大きな客船を造りつづけ、次の災害はさらなる大惨事になっていただろう。つまり、あの事故で亡くなった人々は、より大きな善のために犠牲になったのだ。間違いなく、亡くなった人数よりも多くの人命を救っている。タイタニック号のエピソードは、システム全体の利と個々の害との違いを物語っている。

同じことはフクシマの事故についても当てはまる。間違いなく言えるのは、この事故によって私たちは原子炉(や微小な確率)の問題点に気づき、もっと大きな災害を防ぐことができたということだ(ちなみに、ストレス・テストの甘さやリスク・モデルへの誤った依存は、もともと明らかだった。だが、経済危機と同じで、誰も聞く耳を持たなかったのだ)。[過去記事1, 2]

飛行機の墜落事故が起きるたびに、安全性は増し、システムは改良され、次のフライトが安全になっていく。亡くなった人たちは、残りの人々の安全全体に寄与しているのだ。スイス航空111便、トランスワールド航空800便、エールフランス航空447便の事故は、航空システムの改善につながった。だが、こういったシステムが失敗を教訓にできるのは、システムが反脆く、小さな失敗を活かすようにできているからだ。

一方で、経済の崩壊については同じことは言えない。現在の経済システムは反脆くないからだ。なぜか? 飛行機は1日に何十万便と運航されているが、ひとつの飛行機が墜落しても、ほかの飛行機を巻きこむわけではない。そのため、失敗は制限されていて、大きな教訓になる。一方、グローバル化した経済システムはひとつとして機能している。失敗は広がり、複雑化する。

重要なので繰り返すが、ここで話しているのは全体的ではなく部分的な失敗だ。深刻で致命的な失敗ではなく、小さな失敗だ。よいシステムと悪いシステムの違いはここにある。航空業界のようなよいシステムは、失敗が起こるにしても小さく、互いに独立している。失敗によって将来の失敗の確率が減るので、いわば失敗同士が負の相関関係を持っている。この考え方は、反脆い環境(航空業界)と脆い環境(縦横無尽につながりあった"フラット化する世界"的な現代の経済生活)を区別するひとつの方法だ。(p. 128)

次は、「反脆い」システムを築き上げる際に重要な特性についてです。

脆さや反脆さを見極める(または、このあとの数章でデブのトニーが実演してくれるように、嗅ぎ分ける)のは、事象の構造を予測したり理解したりするよりもずっと簡単だ。したがって、私たちがしなければならないのは、予測ミスによる損失を最小化し、利得を最大化する方法を考えることだけだ。つまり、私たちが間違いを犯しても崩壊しない(さらには崩壊を逆手に取るような)システムを築くことが大事だ。

(中略)

事象が起きたあと、私たちが反省すべきなのは、事象(たとえば津波、アラブの春や暴動、地震、戦争、金融危機など)そのものを予測できなかったことではなく、脆さや反脆さを理解していなかったことについてだ。「どうして私たちはこの種の事象にこれほど脆いシステムを作ってしまったのか?」と考えるべきなのだ。津波や経済危機を予見できないのは仕方がない。でも、津波や経済危機に対して脆いシステムを作るのは罪だ。(p. 228)

上の文章を読むだけでも、「反脆いシステムにはなんらかの冗長性が要求される」ことが読みとれます(原発で大失敗をした日本をコケにしていることも読みとれます)。ちなみに本書では、冗長さの必要性が繰り返し説かれています。

そして次の文章では、崩壊を逆手に取った一例が示されています。バークシャーの再保険事業が思い起こされます。

自分自身の失敗を歓迎する企業もある。たとえば、壊滅的なリスクに保険をかける(または保険会社が分散不可能なリスクを"再保険"するために利用する)再保険会社は、会社に大打撃を与える災害やテールの事象を経験すると、かえって業績がアップしたりする。会社が破綻を免れ、万が一の事態に備えていれば(こういう緊急時のための計画を立てられる企業はほとんどないが)、保険料を不釣り合いに吊り上げて、損を埋めあわせることができる。顧客は過剰反応し、今までより高い保険料を支払うからだ。再保険会社は再保険の公正価格(つまり適正な価格)なんてわからないと言うが、不穏な時代に保険料が高騰するということは間違いなく知っている。それだけでも、長期的な儲けを得るには十分だ。会社に必要なのは、生き残れるように失敗を小さく抑えることだけだ。(p. 130)

最後におまけです。タレブらしさがよくでている哲学的な文章です。

いちども罪を犯したことのない人間は、いちどだけ罪を犯した人間よりも信頼できない。そして、何度も間違いを犯した人間のほうが、いちども間違いを犯したことのない人間よりはまだ信頼できる。ただし、同じ間違いを2回以上犯していなければの話だが。(p. 131)