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2012年10月6日土曜日

誤判断の心理学(17)パブロフの犬、後伝(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの誤判断の心理学、今回は非日常的な話題で、人の認識が大きく変わるときの話です。現代は大きな災害が続く時期のまっただ中ですから、人の心の大きな変動は理解しやすいのかもしれません。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その17)ストレスによって引き起こされる傾向
Seventeen: Stress-Influence Tendency

脅威などによってストレスが突然かかると、体の中にアドレナリンがみなぎるのがわかります。これは、急激な反応ができるように体に喚起するものです。また心理学のイロハに通じている人であれば、ストレスが社会的証明の傾向をより強めることがわかっているでしょう。

やや知名度は劣りますがそれでもよく知られている現象として、大きなストレスが機能不全を招く一方、テストを受ける時のような軽いストレスがかかるときには、能力が若干改善することがあります。

しかし鬱を招くよりももっと強いストレスがかかるとどうなるのかは、ほとんど知られていません。たとえば、急性のストレスによる鬱が思考停止をもたらすことはよく知られています。長く続きがちな極度の悲観をもたらすとともに、行動停止状態にもなってしまいがちな現象です。しかしこれもよく知られていることですが、そういった類の鬱は幸運なことに、逆転できる症状の一例なのです。現代的な薬が登場する前でさえも、ウィンストン・チャーチルやサミュエル・ジョンソンといった鬱を患っていた多くの人が、偉大なる業績をなしとげました。

強いストレスによって引き起こされる非鬱病性の神経衰弱のことはほとんど知られていませんが、少なくとも1つは例外があります。パブロフが70~80代のときに行った研究です。パブロフがノーベル賞を受賞したのはまだ若い頃で、犬を使った消化生理学の業績に対して贈られました。犬がみせた単なる関連による反応[条件反射
]の業績によって、彼は世界的に有名になったのです。当初は唾液を出す犬の話でしたが、現代の広告がやっているような単なる関連がひきおこす行動上の大きな変化は、今日では「パブロフの」条件反射によると表現されることがよくあります。

パブロフの最後の研究があらわにしたものは特に興味深いものでした。レニングラードでは1920年代に大洪水が発生したのですが、パブロフは当時、たくさんの犬をカゴの中で飼っていました。パブロフの条件付けと標準的な報酬に対する反応を組み合わせることで、犬たちは自分の習慣をそれぞれ固有のものに変更されていました。洪水の水が押し寄せて引いたときに、多くの犬は自分の鼻とカゴの最上部の間に空気がほとんどなくなる状態にさらされ、これが最大級のストレスとなりました。その出来事のあとまもなく、パブロフは多くの犬が以前のようには振舞わないことに気がつきました。たとえば調教師になついていた犬が、嫌うようになっていたのです。この結果は現代における認識反転を思い起こさせます。最近好きになったものが突如カルトに変わることで、それまで両親を慕っていた人が突然憎むようになるような例です。パブロフの犬が予期せぬ極端な変化をとげたことは、どんなに優れた実験科学者をも好奇心ではちきれんばかりとするでしょう。実のところ、パブロフの反応がそうでした。しかしパブロフと同じように行動した科学者は多くありませんでした。

Everyone recognizes that sudden stress, for instance from a threat, will cause a rush of adrenaline in the human body, prompting faster and more extreme reaction. And everyone who has taken Psych 101 knows that stress makes Social-Proof Tendency more powerful.

In a phenomenon less well recognized but still widely known, light stress can slightly improve performance - say, in examinations - whereas heavy stress causes dysfunction.

But few people know more about really heavy stress than that it can cause depression. For instance, most people know that an “acute stress depression” makes thinking dysfunctional because it causes an extreme of pessimism, often extended in length and usually accompanied by activity-stopping fatigue. Fortunately, as most people also know, such a depression is one of mankind's more reversible ailments. Even before modern drugs were available, many people afflicted by depression, such as Winston Churchill and Samuel Johnson, gained great achievement in life.

Most people know very little about nondepressive mental breakdowns influenced by heavy stress. But there is at least one exception, involving the work of Pavlov when he was in his seventies and eighties. Pavlov had won a Nobel Prize early in life by using dogs to work out the physiology of digestion,. Then he became world-famous by working out mere-association responses in dogs, initially salivating dogs - so much so that changes in behavior triggered by mere-association, like those caused by much modern advertisement, are today often said to come from “Pavlovian” conditioning.

What happened to cause Pavlov's last work was especially interesting. During the great Leningrad Flood of the 1920s, Pavlov had many dogs in cages. Their habits had been transformed, by a combination of his “Pavlovian conditioning” plus standard reword responses, into distinct and different patterns. As the waters of the flood came up and receded, many dogs reached a point where they had almost no airspace between their noses and the tops of their cages. This subjected them to maximum stress. Immediately thereafter, Pavlov noticed that many of the dogs were no longer behaving as they had. The dog that formerly had liked his trainer now disliked him, for example. This result reminds one of modern cognition reversals in which a person's love of his parents suddenly becomes hate, as new love has been shifted suddenly to a cult. The unanticipated, extreme changes in Pavlov's dogs would have driven any good experimental scientist into a near-frenzy of curiosity. That was indeed Pavlov's reaction. But not may scientists would have done what Pavlov next did.

2012年10月4日木曜日

何が売られているかを知らないモスクワ市民

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『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』からのご紹介、今回で最後です。前々回前回をつなげるような話題です。

私たち人間が使い古された道を選ぶのは、主に道に迷うのを避けるためだ。だがアリなどの集団で移動する動物には、もっと重大な目的がある--最善の餌のありかを見つけ、最善の隠れ処を獲得し、何よりも探索中に食べられてしまうのを避けることだ。

こうした動物たちは、事情に通じた近隣の仲間の行動を模倣することによって、目的を達成する可能性を高めることができる。しかし、どの仲間が事情に通じているかをどうやって知るのだろう。現実的な手がかりは、他に真似をしている仲間がどれくらいいるかというところに見つかる。

1980年代、共産主義体制がうまく機能しなくなり生活必需品が慢性的に供給不足になっていた頃、モスクワ市民が利用した手がかりもそれだった。当時のモスクワを歩いていたとしよう。店の外に立っているのが1人か2人なら黙って通り過ぎるかもしれない。だがそれが3人4人となると、その店に売るものがあることの合図となり、他の人も急いで列に加わろうとするので、カスケード効果で行列があっという間に長くなる。何が売られているかを知っている人はほとんどいないというのに!

このカスケード効果は、動物行動学者がクォーラム反応[定足数反応]と呼んでいるものだ。クォーラム反応とは、簡単に言うと、各個体がある選択肢を選ぶ可能性が、すでにその選択肢を選んでいる近隣の個体の数とともに急速に(非線形的に)高まることで、集団はそれを通じて合意に達する(人間の脳神経細胞も、周囲の神経細胞の活動に対して同様の反応を示している)。(p.122)


余談ですが、本書の原題は"The Perfect Swarm"です。シャレが効いていて、楽しいですね。

2012年10月3日水曜日

尻振りダンスだけではない(ミツバチの群れ)

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前回に続いて『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』からの引用です。今回は、ミツバチの群れが目標に向かう事例です。

群れにいる個々のミツバチは、「回避」、「整列」、「引き寄せ」という例の3つの基本則に従っているが、全体としての群れには、イナゴの群れには見られなかったものがある--斥候が見つけてきた目標に向かってまっすぐ飛んで行けるという能力だ。ミツバチの群れがこの能力を発揮する様子は、群知能が創発する過程を解明するための第一の手がかりである。

「ああ、あれだ。ミツバチが目標を見つける方法ならよく知っている。有名な尻振りダンスを使うんだろ?」とあなたは思われたかもしれない。このダンスは、餌のありかや新しい巣の候補地などの何らかの目的地を仲間に伝えるために、斥候が使う手段である。斥候は、まるでディスコで踊る若者のように、腹部を振りながら8の字に移動する。ダンスの初めに斥候が進んだ方向が目標の方角を指し、腹部を振る速さが距離を知らせる。

だが残念ながら、この説明ではミツバチの群れが目標に到達できる十分な答えにはならない。なぜなら、ダンスはディスコ同様の暗い巣の中で行われるので、近くのミツバチ(全体のうち5パーセントほど)にしか見えず、ほとんどのハチは何も知らずに飛び立っていくことになるからだ。それに、ダンスを見たミツバチが先頭に立って仲間に方向を教えるわけでもない。そうしたミツバチは群れの中心にいて、他のハチと一緒に飛んでいるのだ。では、群れはどうやって目標を見つけるのだろう?(中略)

シミュレーションから明らかになったのは、目標を知っているミツバチが群れをうまく導くためには、他の仲間に自分が事情に通じていることを明かす必要も、売り込む必要もないということだった。目標を知っている個体がほんのわずかでもいれば、しかるべき方向に素早く移動するだけで、他の大多数の何も知らないミツバチの集団を導くことができるのである。そうした誘導はカスケード効果[ドミノ倒しのような波及的な作用のこと]を通じて行われ、それによって、何も知らないミツバチが、近隣の個体が向かう方向を目指すようになる。したがって方向を知っているミツバチがわずかしかいなくても、レイノルズの3つの規則、「回避」、「整列」、「引き寄せ」があれば、そのミツバチが向かう方向に群れ全体が進むことになる。

わずかな数の個体によって先導されるという現象は、コンピュータ・モデルで実験した人々によれば、「単純に、知っている個体と知らない個体の間の情報格差に応じて」生じるという。すなわち、目的地を明瞭に思い描き、そこに到達する方法をはっきりと知っている匿名の個体がわずかでもいれば、集団内の他の個体は、自分がついていっていることも知らぬまま、それに従って目的地へと向かうことになるのだ。そのとき必要なのは、意識しようとしまいと他の個体たちが集団にとどまりたいと望んでいること、そして、相反する目的地をもっていないことだけである。(中略)

コンピュータによるシミュレーションからは、さらに「集団を一定の正確さで導くのに必要な、事情に通じた個体の比率は、集団が大きくなるほど小さくなる」ことが明らかになっている。先の学生の実験では、200人の集団で10人(全体のわずか5%)が事情を知っていれば、90%の確率で集団を目標に導くことができた。(p.48)

2012年10月2日火曜日

怒涛が押し寄せる音が聞こえた(ダム決壊の日)

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最近読んだ本『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』で興味深い話がいくつか取り上げられていたので、ご紹介します。今回は物理学で登場する概念「臨界」についてです。

作家のジェイムズ・サーバーは、『ダム決壊の日』という自伝的な文章を書いているが、そこに描かれたような連鎖反応からも、そういう結果が生じることがある。きっかけは、一人の住民が逃げているのが目撃されたことだった。たったそれだけのことによって、心配するようなことはないと何度も念を押されたにもかかわらず、オハイオ州コロンバス東部の住民全員がありもしない津波から逃げ出したのである。サーバー一家もその脱出組の中にいた。「最初の半マイルのうちに、町の住民のほとんど全員が追い越していった」とサーバーは言う。パニックに陥ったある人は、背後から「怒涛が押し寄せる」音を聞きさえしたそうだ。だが、結局それはローラースケートの音だった。

パニックが起きたのは、最初に逃げた人を見て何人かの住民が逃げ始め、今度はその住民が、さらにまた何人かが逃げる元になり……、ということが繰り返されたからだ。この過程は住民全員が逃げ出すまで続いたのである。原子爆弾の内部でもこれと同じ過程が進行する。原子爆弾では、まずある原子核が崩壊して、近くの原子核を何個か分裂させるだけのエネルギーをもった高エネルギーの中性子を放出する。それが他の原子核を分裂させ、分裂した原子核がそれぞれまたさらに何個かを分裂させるだけの中性子を生む。こうして次々とドミノが倒れて、中性子の数と放出されたエネルギーの量が指数関数的に増大すると、大爆発となるのである。(p.28)


「臨界」については、以下の過去記事でも取り上げています。
なお、たしかに本書では群れに関する話題が登場しますが、全体的な内容としては副題「群知能と意思決定の科学」のほうが適切な表現かと思います。群れ以外の話題もいろいろ登場します。

2012年10月1日月曜日

超低金利を甘受する(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットの伝記『スノーボール』を書いたアリス・シュローダーへのインタビュー記事がThe Globe and Mailにありましたので、ご紹介します。ウォーレンが余裕資金を満額投資せずに待機させておく話題です。(日本語は拙訳)

引用元の記事: For Warren Buffett, the cash option is priceless

シュローダー女史は、バフェット氏の伝記を書く前から彼のことを何年も追ってきた。その彼女がこう論じる。バフェットにとって現金とは、利益をほとんど上げない種類の資産ではない。むしろ、値段が付けられるコール・オプションと捉えている。現金は他の資産を買うことができるが、そのことと比べてオプションのほうが安いと思えたら、彼はよろこんで超低金利を甘受する、と彼女は言う。

「彼は現金のことをふつうの投資家とは違うようにみています」シュローダー女史はつづける。「現金の選択性、これこそ彼から学んだきわめて重要なことの一つでした。つまり彼は現金をコール・オプションと捉えています。その条件は行使期限なし、あらゆる種類の資産が購入可能、権利行使価格の指定なしです」。

これはすごく根本的な見識だ。というのは投資家が現金のことをオプションと考えるようになると、つまりそれはここぞというときに掘り出し物を買える権利の値段だが、短期的にはほとんど利益を上げられなくても心が揺らがなくなるからだ。(中略)

ネブラスカ州オマハの彼のオフィスでカウチに座って何時間も過ごしたが、読んだり考えたりするばかりで、何も起こらなかった。そうして彼のファイルをひもとく時間が続くうちに、彼女は悟った。バフェット氏はわかりやすい比喩を使って話すことが多いが、実のところ彼の投資はとても複雑なのだと。

Ms. Schroeder argues that to Mr. Buffett, cash is not just an asset class that is returning next to nothing. It is a call option that can be priced. When he thinks that option is cheap, relative to the ability of cash to buy assets, he is willing to put up with super-low interest rates, said Ms. Schroeder, who followed Mr. Buffett for years before she became his biographer.

“He thinks of cash differently than conventional investors,” Ms. Schroeder says. “This is one of the most important things I learned from him: the optionality of cash. He thinks of cash as a call option with no expiration date, an option on every asset class, with no strike price.”

It is a pretty fundamental insight. Because once an investor looks at cash as an option - in essence, the price of being able to scoop up a bargain when it becomes available - it is less tempting to be bothered by the fact that in the short term, it earns almost nothing.

Much of that time was spent on the couch in his office in Omaha, Neb., where she said nothing much happens but a lot of reading and thinking. In that time, and the hours spent digging through his files, she said she discovered that while Mr. Buffett likes to speak in folksy aphorisms, in fact, his investing is very complicated.