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2018年3月4日日曜日

2017年度バフェットからの手紙(7)CEOの心強い味方、Excel

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2017年度「バフェットからの手紙」から、今回は企業買収に関する節のうち、一般向けの話題を引用します。前回分の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

買収について

バークシャーの価値を高める構成要素として、次の4点が挙げられます。ひとつめが、十分な規模を有した単体型の企業買収。ふたつめが、当社がすでに保有している事業に合致した拡張型の買収。3つめが、多岐にわたる既存事業での増収及び利益率の改善。最後の4つめが、株式及び債券に投資している巨額のポートフォリオから得られる投資利益、です。この節では2017年に行った買収についてご説明します。

単体型の新しい案件をさがす際には、主要な資質として次の点を求めています。今後も持続しうる競争力を有していること、有能かつ良質な経営陣がいること、事業運営上不可欠な純有形資産に比して優れたリターンをあげていること、魅力的なリターンが期待できる内部成長の機会があること、そして買収価格が適切であること、です。

2017年に検討した実質的にすべての案件が、上に述べた最後の要件を越えられませんでした。「まばゆい」からは程遠いものの「満足できる」程度の事業であっても、その値段は過去最高を記録していたのです。実際のところ楽観的な買収者勢にとっても、買収価格は納得できないも同然だったと思います。

しかし、なぜ買収側は暴挙に出るのでしょうか。その理由のひとつは、CEOという役職が「大丈夫うまくいきます」という種類の人間を、またもや指名するからです。ウォール街のアナリストや取締役会が、CEOという役職者に対して買収を検討するよう要請するのは、成熟期にある十代の子供に対して、あたかも「ちゃんとセックスするんだぞ」と念を押すかのように思えます。

案件を切望しはじめたCEOは、買収を正当化した将来の見通しを出すはずです。部下たちは声援を送るとともに、事業領域の拡大ぶりや、企業規模に応じて増加しがちな報酬の水準を描いてくれるものです。多額の手数料をかぎつけた投資銀行家も、同じように褒め上げるでしょう(「髪を切ったほうがいいかな」とは床屋に訊ねないように)。買収先の業績推移では買収を正当化するのに不足がある場合、大幅な「シナジー」[重複部門の削減など]が業績予想に盛り込まれます。[Excelなどの]スプレッドシートが残念な数字を出すことはありません。

破格の安価で借入れできる機会が2017年には潤沢にあったことで、買収活動に拍車がかかりました。割高な買収をしようとも、借入金によって資金を調達していれば、結局のところ一株当たり利益は増加するのが常ですから。対照的にバークシャーでは、買収案件を評価する際には増資を前提にしています。全額借入れは好みませんし、多額の借入金を特定の事業に割り当てるのは、概して見当違いです(ある種の例外は別とします。たとえばクレイトン社が有する貸付ポートフォリオ用の債務や、当局の規制を受けている公益事業での固定資産に関する債務)。さらにシナジーは考慮に入れませんし、実際にそれが発揮された例もあまりみかけません。

借入れを避けてきたことで、当社のリターンは何年にもわたって抑えられてきました。しかしチャーリーもわたしも、夜にはぐっすり眠れています。「必要のないものを手にいれるために、手元の必要なものを危険にさらす」、そんなことをするのは正気を失っているに違いない、と二人とも思っています。50年前から、そう考えていました。信頼してくれる若干の友人や親族の資金を元に、それぞれが投資パートナーシップを運営していた頃です。そして100万名になる「パートナー」がバークシャーに加わった今日も、同じように考えています。

このところの買収日照りにもかかわらず、「非常に大きな買収ができる機会が、やがてはいくつかあらわれる」とわたしたちは信じています。それまでの間は、次の単純な決めごとに従うばかりです。「慎重さに欠けた行動を他人がとるほどに、わたしたちはますます慎重に身を処すること」。(PDFファイル3ページ目)

Acquisitions

There are four building blocks that add value to Berkshire: (1) sizable stand-alone acquisitions; (2) bolt-on acquisitions that fit with businesses we already own; (3) internal sales growth and margin improvement at our many and varied businesses; and (4) investment earnings from our huge portfolio of stocks and bonds. In this section, we will review 2017 acquisition activity.

In our search for new stand-alone businesses, the key qualities we seek are durable competitive strengths; able and high-grade management; good returns on the net tangible assets required to operate the business; opportunities for internal growth at attractive returns; and, finally, a sensible purchase price.

That last requirement proved a barrier to virtually all deals we reviewed in 2017, as prices for decent, but far from spectacular, businesses hit an all-time high. Indeed, price seemed almost irrelevant to an army of optimistic purchasers.

Why the purchasing frenzy? In part, it’s because the CEO job self-selects for “can-do” types. If Wall Street analysts or board members urge that brand of CEO to consider possible acquisitions, it’s a bit like telling your ripening teenager to be sure to have a normal sex life.

Once a CEO hungers for a deal, he or she will never lack for forecasts that justify the purchase. Subordinates will be cheering, envisioning enlarged domains and the compensation levels that typically increase with corporate size. Investment bankers, smelling huge fees, will be applauding as well. (Don’t ask the barber whether you need a haircut.) If the historical performance of the target falls short of validating its acquisition, large “synergies” will be forecast. Spreadsheets never disappoint.

The ample availability of extraordinarily cheap debt in 2017 further fueled purchase activity. After all, even a high-priced deal will usually boost per-share earnings if it is debt-financed. At Berkshire, in contrast, we evaluate acquisitions on an all-equity basis, knowing that our taste for overall debt is very low and that to assign a large portion of our debt to any individual business would generally be fallacious (leaving aside certain exceptions, such as debt dedicated to Clayton’s lending portfolio or to the fixed-asset commitments at our regulated utilities). We also never factor in, nor do we often find, synergies.

Our aversion to leverage has dampened our returns over the years. But Charlie and I sleep well. Both of us believe it is insane to risk what you have and need in order to obtain what you don’t need. We held this view 50 years ago when we each ran an investment partnership, funded by a few friends and relatives who trusted us. We also hold it today after a million or so “partners” have joined us at Berkshire.

Despite our recent drought of acquisitions, Charlie and I believe that from time to time Berkshire will have opportunities to make very large purchases. In the meantime, we will stick with our simple guideline: The less the prudence with which others conduct their affairs, the greater the prudence with which we must conduct our own.

今回までの投稿で、一般向けの話題はひととおりご紹介できたかと思います。これにて本シリーズは終わりとなります。ただし「保険事業」に関する節から文章を適宜切り出して、改めて取り上げるかもしれません。

もうひとつ、こちらはおまけです。今回の文章でウォーレンは「非常に大きな買収ができる機会」としていましたが、もう一歩具体的な情報が入った話を、昨年の株主総会で発言していました。あくまでもトランスクリプトでの確認で、買収とも株式投資とも言ってはいませんでしたが。

2017年10月20日金曜日

2017年バークシャー株主総会(8)バフェットにも矛盾点はある

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バークシャー・ハサウェイ年次株主総会の質疑応答から、生産性向上に関する話題です。この話題はおなじみとなっており、たとえば2015年度の「バフェットからの手紙」で大きく取り上げていました。(日本語は拙訳)

3Gキャピタル社における極端なコスト削減策について

<質問> バークシャーは3Gキャピタル社と提携して取引に参加していますが、彼らが極端なまでにコスト削減をして、何千人もの職を減らしている件について、どのようにお考えですか。

<ウォーレン・バフェット> 3G社の経営陣はかなり近い距離から見てきました。基本的に彼らは、「保有する会社は可能な限り生産的であるべし」との信念を持っています。もちろんですが、この会場におられるみなさんにとっても、オマハの人にとっても、アメリカ中の人にとっても、社会全体の発展は生産性の上昇によってもたらされています。もし生産性に変化がなかったとしたら、現代人の生活は1776年の建国当時の人たちと同じままだったでしょう。3Gの人たちは、そのことをすごい速さで実行しているわけです。彼らの取り組みは非常に巧みで、以前よりも少ない人数で運営することによって生産性を高めています。鉄鋼業界であれ、自動車業界であれ、あらゆる産業でそのような取り組みがなされてきました。そのおかげで、今のように生活水準が向上したわけです。

ちなみにバークシャーが買収する際には、すでに効率的に運営されている企業が望ましいと考えています。率直に言って、わたしどもは生産性を高めるプロセスをまるで楽しめません。心地よく感じられないのです。しかし、そういった取り組みは会社を発展させるためのものです。ひとりの人が消費できる量を2倍に増やそうとしても、一人当たりの生産性を改善させるなんらかの方法がなければ、手の打ちようがありません。「政治的な成り行きが事業に影響しかねない」という理由で、そちらの面から悩みそうだと考えているのでしたら、賢明かどうかはともかくとして、うまいご質問だと思います。そのものずばりの答えなのかわかりませんが、彼らは生産性に焦点を当てて非常に賢明なやりかたで取り組んでいるだけではなく、製品の改善やイノベーションや経営陣に対する様々な要望についても相当なまでに注力していることは、申し上げられます。昼食の際にクラフト・ハインツのチーズケーキを食べてみてください。3Gが抱く基本戦術では、生産性向上と同様に、製品の改良やイノベーションがまさしく大きな部分を占めているという点で、同意してくださると思います。

個人的な話をしますと、何千人もの従業員がいた織物事業に携わっていたころに、ある程度の時間をかけて事業から撤退したことがあります。雇用を増やす事業にくらべると、雇用を減らす事業は楽しくないものです。たしかチャーリーと相談して、「実際に人員を削減して生産性を向上させることを主たる利得とする企業は、バークシャーの買収対象から外す」ことを決めたと覚えています。しかし生産性向上を検討することは、社会全体からすれば望ましいことだと思いますし、3Gの人たちの仕事ぶりも見事だと思います。

<チャーリー・マンガー> 生産性を向上させることに、悪いところは何もないですよ。その一方で、「正しいからといって、即実行することにはつながらない」と理屈づけ、非生産的な意見を表明する例がいろいろと見受けられますね。

<ウォーレン・バフェット> その通りだと思います。

(PDFファイルのp. 27。Yahoo! Finance映像では4:24:20)

3G CAPITAL’S EXTREME COST CUTTING

Q. Berkshire partners with 3G Capital on deals. What do you think of their extreme cost cutting and elimination of thousands of jobs?

Warren Buffett: Essentially, 3G management - I’ve watched them very close - is basically they believe in having a company as productive as possible, and of course, the gains in this world for the people in this room and the people in Omaha and the people throughout America have come from gains through productivity. If there had been no change in productivity, we would be living the same life as people lived in 1776. The 3G people do it very fast, and they’re very good making a business productive with fewer people than operated it before. We’ve been doing that in every industry whether it’s steel or cars. That’s why we live as well as we do.

We at Berkshire prefer to buy companies that are already run efficiently. Frankly, we don’t enjoy the process at all of getting more productive. It’s not pleasant, but it is what enabled the company to progress. Nobody has figured a way to double people’s consumption per capita without in some way improving productivity per capita. It’s a good question, and whether it’s smart overall if you think you’re going to suffer politically because political consequences do hit businesses. I don’t know that I can answer the question categorically, but I can tell you they not only focus on productivity and do it in a very intelligent way but also focus to a terrific degree on product improvement, innovation and all of the other things that you want a management to focus on. At lunchtime if you had the Kraft Heinz cheesecake, you will agree with me that product improvement and innovation is just as much a part of the 3G playbook as productivity.

Personally, we have been through the process of being in a textile business that employed a couple thousand people and went out of business over a period of time. It’s just not as much fun to be in a business that cuts jobs rather than a business that adds jobs. Charlie and I would probably forgo having Berkshire buy businesses where the main benefits would come from increasing productivity by actually having fewer workers. I think it is pro social to think in terms of improving productivity, and I think the people at 3G do a very good job.

Charlie Munger: I don’t see anything wrong with increasing productivity. On the other hand, there’s a lot of counter-productivity publicity to doing it. Just because you’re right doesn’t mean you should always do it.

Warren Buffett: I agree with that.

2017年10月12日木曜日

高田式、企業と自分の育て方(『伝えることから始めよう』)

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前回の投稿につづいて、今回はジャパネットたかたの高田明さんが書いた『伝えることから始めよう』から2か所ほど引用します。と言っても、高田さんが若かったころの話題は興味深く読める文章ばかりですので、お楽しみを損なわないように、短めのご紹介にとどめておきます。最初の引用は、ヨーロッパ駐在から帰ってきて、実家のカメラ店を手伝い始めたころの話です。

平戸のホテル全部と契約していましたから、毎晩いくつも宴会があって、こっちで500人、あっちで700人って、一晩で1,500枚、2,000枚の写真を撮ってプリントするんです。翌朝、売りに行く場所も十数ヵ所もあるんですよ。社員やアルバイトを十数人雇って、家族全員総出のフル稼働でした。

当時は3色刷りでしたから、1枚プリントするのに3回の手間がかかるから大変でした。現像機は1台しかありませんから、写真は晩ご飯が終わってから兄妹で交代で焼きました。できあがるのは午前4時ごろです。ホテルの朝食は朝6時ぐらいから始まりますから、毎日2,3時間ぐらいしか寝られないんですよ。

手伝えと言われたからやり始めた仕事でしたけれど、私のいいところは、自分でいいなんて言うのはおかしいですけど、過去のことはすぐに忘れて、目の前にあることに夢中になって、全力投球できるところなんですね。手伝いで撮影に行ったら、その時点でもう写真に夢中になっているんですよ。そんな性格に生んでもらって、私はつくづく幸せだと思います。(p. 21)

次にご紹介するのは、ジャパネットを経営するにあたってどのような基本方針を抱いていたのかを説明した文章です。

ジャパネットたかたの経営を振り返ってみると、「長期的なビジョンを持たない積み上げ経営」だったと思います。「長期計画のない経営」「目標を持たない経営」というテーマで講演したこともあります。計画性はほとんどなかったんです。

私は5年先、10年先の自分や会社の姿を思い描いたり、目標を立てたりして、それを達成するために今なすべきことを考えるという方法はとりません。そもそも5年先に何をしたいのか、どうなっていたいのか、ということすらあまり考えません。半年先、1年先のことも考えないんです。

軸足を置いていたのは、とにかく「今」です。今できることに最善を尽くす。そこから、次のステップが見えてくる。最善を尽くす中で次のステップが見えてきたら、スモールステップで次に進む。その繰り返しで成長を続けてきました。目標と呼べるようなものがあったとしたら、それは、とにかく昨日よりも今日、今日よりも明日、今年よりも来年と売上を伸ばし、成長していくという強い想いでした。

家業のカメラ店を手伝い始めてから、ジャパネットたかたを設立するに至った経緯はお話ししたとおりです。今を一生懸命に生きて、見えてきた課題を一つずつ克服し、すべてスモールステップを積み上げてきただけでした。

マーケティングでもそうですが、過去の事例があって数字があると、「こういうデータがあるから、こう動くだろう」と人間は考えてしまいがちです。しかし、それはあくまで過去の数字です。参考にはすべきですが、それにとらわれてはいけないと思います。数字から直近の変化をどう読み取るのかが重要なのであって、数字やデータに縛られると変化に対応できなくなります。今日売れたものが、明日は売れないということはよくあります。長期の目標だけにとらわれてしまうと、そこに危機が潜んでいるということもあると思うのです。

実際のところ、例えば、10年後に売上を10倍にする、などという目標を掲げたところで、10年後のことはだれにも予測がつきません。あまりに高い目標で、具体的に今、何をしたらいいかもわからない。無理な販売戦略を作ってしまうかもしれません。

数値目標を掲げてしまうと、数字を達成しようとして背伸びしがちです。とにかく売ろうとして、無理をして価格を安くしたり品質を落としてしまったりしてしまう。私はそういうことが好きではありません。

また、短い期間で売上を伸ばしたところで長くは続きません。どこかにひずみが出て、結果的に事業に悪影響を与えます。売上を伸ばすために、商品やサービスの品質が落ちてしまっては本末転倒だと思います。

目標を掲げること自体は悪いとは思いませんが、実力とかけ離れた目標を立ててしまうとよいことはありません。プレッシャーになるだけですよ。目標や数字にばかり気を取られ、身の丈に合わないことをしようとしたり、事業のミッションを忘れたりしてしまいます。それでは、事業をやること自体の意味を失ってしまうと思うんです。(中略)

目標は持たない経営に徹してきた私ですが、自分自身が向上する、会社を成長させるということについては強い意識を持ってきました。しかも、大きな向上を常に目指す。そんなことはできないと思われるようなことでも、成功する姿をイメージして挑戦してきました。(中略)

一流を目指す人は、「できない」なんて決めつけません。「できない」と思うようなことに果敢にぶつかっていきますよね。一流になりたいと願う人はたくさんいますが、本当になりたいなら、本気で行動しなければいけません。大きな向上を目指さないと、一流には近づいていけないと思うのです。(中略)

もうこれでいい、と思った瞬間に、その人の成長は止まってしまいます。自分を高めるという意識は、常に自分でしっかり持っていなければいけない。そして、自分を高めることができれば、結果もついてきます。(中略)

他者との比較がモチベーションになる人もいるようです。が、私はそうではありませんでした。比べるのは常に自分自身の過去でした。周囲のだれかと自分を比べて、優越感や劣等感を持ってもなんの得にもなりません。しかし、昨日の自分と比べると、自分の成長につながります。他の人に勝つことより、常に自分史上最高を目指せばいいと思うのです。(p. 231)

高田さんの抱く考え方は、いろいろな点でウォーレン・バフェットと似ていると感じました。うろ覚えになりますが、ウォーレン率いるバークシャー・ハサウェイは固定的な戦略を持たない主義で知られています(たとえば過去記事)。また、他人の目よりも自己評価を大切にする人ですし(過去記事)、「もうこれでいい」とは考えずに「死ぬまで現役」の人です。大きな向上をめざしてきたのは言うまでもありません。「似た者同士」はウォーレンが望むところですので、非公開企業のジャパネットさんには、事業継承でお悩みの際には、終の棲家としてバークシャーをご検討いただきたいものです(過去記事)。

2015年12月16日水曜日

ゴキブリを見かけたら1匹では済まない(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その14です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問16> 米国会計基準(GAAP)に準拠しない会計報告を公表する企業が増えています。ソフトウェアのような無形資産は「消耗しない」資産だと正当化することで、無形資産の償却分を純利益へ足し戻しています。以前開催されたバークシャーの年次総会の場で、「EBITDAを利用して会計報告を誇張しようとする企業がある」と指摘されましたが、GAAP非準拠の説明をおこなう風潮についてご意見をうかがえればと存じます。

<バフェット> この風潮はますます産業界特有のものになっています。経営陣は「ある費用は、実際のところ費用ではない」と説きがちですが、この始まりはEBITDA[利払い税引き償却前利益]からでした。減価償却費とは実際に発生する費用にとどまらず、もっとも悪い種類の費用でもあります。前払いする必要があるからですね。つまり工場や設備にかかる金額を前払いして、期間をかけて非現金支出費用として計上するわけです。しかし無形資産の償却費が、必ずしも実態に即した費用[原文はeconomic expense]だとは限りません。その強力な例が、顧客との取引関係[原文はcustomer relations]に関する無形資産です。これは消失するにしても、償却費のように速くはありません。一方、ソフトウェア開発にかかる費用やストック・オプションは実態に即した費用の一種です。企業からの説明で「GAAP非準拠」の話が出てきたら、彼らのしていることを疑ってかかるようにしています。「台所でゴキブリを見かけたら、1匹では済まない」ですから。[関連記事]

Question #16: Increasingly companies are reporting non-GAAP earnings that add amortization of intangible assets back to net earnings using the justification that intangibles such as software are 'non wasting' assets. Given that you have indicated in previous Berkshire annual meetings that companies try to dress up financial statements with EBITDA, could you provide your thoughts on this non-GAAP trend?

Answer #16: This trend is seen to be more industry specific and management usually tries to convince you that some expenses aren't really expenses. It started with EBITDA. Depreciation is not only a real expense but the worst kind of expense because you pay it up front. Your plant and equipment is paid for upfront and companies record this cost over time as a non-cash expense. Amortization however may not always be a real economic expense, a strong example of this is customer relations as it doesn't diminish as fast as amortization if it does at all. Software development costs & stock options however, are a form of economic expense. When I hear companies talking about "Non-GAAP" I am very suspicious of what they do because "there really isn't only one cockroach in the kitchen."

2015年12月4日金曜日

タックス・シェルターについて(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その9です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問10> 先だってバーガーキングがティムホートンズ社を買収しました。そこでバフェットさんにお聞きしたいのは、米国企業の本社がカナダへと逆移転する事態が今後も継続するのでしょうか。

<バフェット> バークシャーが3Gキャピタルの案件に参画するいちばんの理由は、彼らが好ましくて信頼できる人たちだからです。税金面を考慮しているからではありません。バーガーキングが納めてきた連邦所得税は、多くの場合3千万ドル程度でした。ですが彼らの売上がほぼ120億ドルであることを考えると、タックス・シェルター[租税回避手段]としての便益は無視できる程度です。さらにティムホートンズの売上はバーガーキングの2倍ありますし、その買収がカナダにとって正味で利益があるとカナダ政府に承認してもらう必要がありました。ですから今回の案件は、よくある節税目的の本社移転とは違っていたのです。よく言われますが、今後発生しうる租税回避目的の買収を防ぐために、米国の法人所得税法が改正されて将来の本社移転を防止するようになっても驚きはしません。しかし裕福で影響力のある多くの個人や組織が優遇されたいがためにロビー活動を行うでしょうから、その種の法改正を阻む障害は大きいと思います。

Question #10: Mr. Buffett, given Burger King's recent acquisition of Tim Hortons, can you comment on the potential for US companies to continue inverting into Canada?

Answer #10: The primary reason for Berkshire being involved with 3G Capital was because they are good and trustworthy individuals, not for the tax benefit. The most federal income tax that Burger King has ever paid was approximately $30 million but their earnings are in the neighbourhood of $12 billion so the tax shelter benefits are negligible. Further, given that Tim Hortons earns 2x as much as Burger King and that the Canadian Government had to approve that the acquisition was a net benefit to Canada, this acquisition was not a typical tax inversion. That being said, to prevent further inversions in the future, I would not be surprised if corporate tax law in the United States were changed to prevent these inversions in the foreseeable future. However, as a result of numerous wealthy and influential individuals and organizations lobbying for preferential treatments the obstacles preventing such tax changes are large.

2015年11月8日日曜日

投資家にウソをついたのではない(『HARD THINGS』)

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少し前に『HARD THINGS』という本を読みました。著者のベン・ホロウィッツはネットスケープのマーク・アンドリーセンとITベンチャー企業を経営し、事業を大企業へ売却することに成功した人物です。畏敬すべき経歴に聞こえるかもしれませんが、事業経営の内情はIT企業によくあるドタバタの連続です。IT業界で働く人であれば(ベンチャー企業であればなおさら)、肯きたくなる局面が何度もでてきます。その意味で個人的には「激動の時期を駆け抜けた、あるCEOの回顧録」として読みました。

さて今回は、同書で何度か取り上げられているアンディ・グローブ(インテルの元CEO)の発言を引用します。

2001年の大インターネットバブルの最終時期、大手IT企業が軒並み四半期目標を大幅に下回ったときに、なぜ誰もバブル崩壊を予知できなかったのかと考えた。2000年4月のドットコム不況のあと、シスコ、シーベル、HPなどは、自分たちの顧客の多くが壁にぶつかるのを見て、すぐに景気後退に気づいたはず、とあなたは考えるかもしれない。しかし、おそらく史上最大規模の早期警告システムが作動していたにもかかわらず、どのCEOも強気の予測を繰り返した。自分たちの四半期が劇的に吹き飛ばされる寸前まで。私はアンディに、なぜ偉大なCEOたちが、迫りくる自らの運命についてウソをつくのか尋ねてみた。

彼らは投資家にウソをついたのではなく、自分にウソをついていたのだとアンディは言った。

アンディは、人間、特にものをつくる人たちは、良い先行指標にしか耳を貸さないと説明した。たとえば、CEOは自社サービスの登録者数が通常の月間成長率を25パーセント上回ったと聞けば、切迫した需要の大波に耐えられるよう、すぐにエンジニアを追加するだろう。一方、登録者数が25パーセント減少すれば、CEOは同じくらい熱心かつ緊急に、言い訳の説明をするだろう。「この月は低調だった。休日が4日もあり、ユーザーインタフェース(UI)を変更したことによってさまざまな問題が起きた。どうか、パニックにならないでほしい!」

どちらの先行指標も誤りだったかもしれないし、正しかったかもしれないが、この架空のCEOはほぼすべてのCEOと同様に、ポジティブな指標に対してのみ行動を起こし、ネガティブな指標に対しては、説明を探すだけだ。(参考記事)(p.128)

2015年9月6日日曜日

自社株買い資本主義(ジェレミー・グランサム)

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前々回の投稿でご紹介したジェレミー・グランサムのレターから、もう一か所引用します。米国資本主義における問題点として、彼は次のような状況をあげて憂慮しています。「米国企業では自社株買いと低金利を背景に株高が進むことで、大量に付与されたストック・オプションの売却益を経営陣が享受している。そのおかげで資本投資に費やされる金額は平均以下にとどまり、雇用も改善しない」。今回ご紹介するのはそれに続く部分で、「自社株買い資本主義」の影響を受けた二次的状況の一端を説明しています。個人的には参考になった文章です。(日本語は拙訳)

新たな高い水準に達したまま進んでいるかにみえる米国企業の利益率ですが、ここでも数字が落ちずにとどまり続ける状況について触れておきます。これまでに、新たなストック・オプション文化によって生じた相互作用のことを論じてきました。自社株買いが高い水準で実施され、そのことが資本投資の水準や経済の成長をどれだけ減じているかについてです。そう、ここでも別の裁定が長々と働く姿がみてとれます。まるで心臓周辺の主要な動脈が閉塞することで、いくつもの微小な動脈を次第に拡張させていくかのようです。つまりはこうです。より長期的な視野に立ち、積極的に拡大をはかる非公開企業は、市場シェアを拡大させていくでしょう。おなじように、プライベート・エクイティーも長期的な優位性を拡大していくと思います。彼らは公開企業よりも多額の資本をすでに投資しているからです。同様にベンチャー・キャピタルも、公開企業に多くをさらわれていたとき以上の機会を手にするでしょう。しかし、そのように資本家の位置関係がゆっくり遷移するよりも若干速いペースで生じると思われる事態があります。それは、事業家や政治家やおそらくは現実的な経済学者さえも、ストック・オプション文化が現在招いているもの、特に低成長と低生産性に対してますます不満を抱くようになることです。(後略) (PDFファイル23ページ目)

Now, let's go back to the similar stickiness in U.S. profit margins, also bouncing along on a seeming new high plateau. I have discussed the interplay of the new stock option culture with its high level of buybacks and how this has reduced the level of capital spending and growth in the economy. Well, here also there are long-winded alternative arbitrage mechanisms, like a heart with clogged major arteries slowly developing a host of widened minor arteries. Private companies with more focus on the long term and more aggressive expansion will have a growing market share. Private equity will also have an incremental long-term advantage: they are already doing more capital spending than traded companies. Venture capital will also have more opportunities than they had previously, when public companies scooped up more of the opportunities. But perhaps slightly faster than this slow capitalist adjustment, businessmen, politicians, and perhaps even some of the more real-world economists will increasingly complain of the current consequences of the stock option culture, especially low growth and low productivity.

2015年6月24日水曜日

裁きのときがやってきた(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の11回目、最終回です。ラストではチャーリーらしいひねりが加えられています。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

しかし権威ある職業に向けられた敵意は、会計士や経済学者や法律家にとどまりませんでした。技術者のように常に良き仕事をしてきた職業でも、それまでに受けていたさまざまな敬意が逆に剥がされる結果となりました。そういった職業人たちは、おのれの国で伝統的に要求されてきた金融詐欺を理解していなかったのです。

そしていよいよ最後には、この国にとって良きことや将来の幸福に必要な多くのものが、愚かしくも広く憎まれることとなりました。

事態がここに至ったことで、尊き世界で動きがありました。神、すなわちすべてを知ろしめすお方が裁きのときを変更し、2003年に起きた巨大金融不祥事という悲しい事件を俎上に載せたのです。あのお方は刑事局長を呼びつけて、「スミスよ、厳正なる裁決を下すために、このおぞましい結末の責を負うべきもっとも堕落した者を連れてきなさい」と指示しました。

ところがスミスが連行してきたのは、証券アナリストたちでした。クァント・テック社の株式を長きにわたって批判せずにもてはやした人たちです。偉大なる審判者は満足しませんでした。「スミスよ、低い水準に位置する認知上の誤りに対して厳罰を下すことはできないのだ。そういったものの多くは、この世のよくある動機づけの仕組みによって無意識のうちに生じるのだよ」

つづいてスミスが連れてきた者は、SEC[証券取引委員会]の委員や権勢をふるった政治家一行でした。「ああ、これも違う」と大審判者は言いました。「その者らは、望ましからぬ権力という巨大な渦の中で力を行使しているのだ。そなたが強制したいと考える行動基準に従わせるのは、期待できぬであろう」

それをきいた刑事局長は思い当たるところがあり、連れてきたのがクァント・テック社の経営者たちでした。同社において、彼らのやりかたで「現代的な金融工学」を実行した者たちです。「うむ、近づいてはいる」と大審判者殿は言いました。「だが私が連れてこいと命じているのは、それ以上に堕落した輩だ。むろんそやつらは会社の重役として大がかりな詐欺を働き、偉大な技術者が築いた栄光を維持管理する仕事を忌避した。その重い罪は償うことになる。しかしここに引き立ててほしいのは、今すぐ地獄の底へと送り込むことになる悪党どもだ。やつばらには、この大惨劇全体を苦もなく防げたのだからな」

刑事局長にもようやく理解できました。地獄の最下層は裏切り者のために取り置かれていることを彼は思い出したのです。そこで彼は煉獄から年配の者たちをひき連れてきました。この世で生きていた頃には、大手の会計事務所でパートナーとして幅を利かせていた人たちです。「裏切り者らを連れてまいりました」と刑事局長が言いました。「この者たちは、従業員向けストックオプションに関して誤った会計慣行を採用しました。彼らが就いていた職業は、正しい規則を制定することで社会が正しく機能するように仕向けるのが仕事で、まるであなたさまのようにもっとも高貴な職業でした。さらには、その職業において高い地位を占めておりました。非常に賢い上に安泰の地位にいたものの、明らかに予見可能なすべての虚偽や不正を意図して招きました。このことに釈明の余地はありません。自分たちのしていることは破壊的なまでにまちがったことだ、と彼らにはよくわかっていました。それでもそうしたのです。あなたさまは法治体制を遂行する上で多大な重圧を負っていらっしゃるわけですから、最初のときは誤って軽い処罰で済まされました。しかし今度は彼の者どもを地獄の底へ送り込めます」

確信に満ちた激しい口調に、偉大なる審判者は驚いて静止しました。そして静かに言いました。「忠実で懸命なるしもべよ、よくやってくれた」

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この報告は、2003年を予言することを意図したものではなく、フィクションとして書いたものです。ガルブレイスのくだりを除くと、現存の人物や企業と類似している点があれば、いずれも偶然のものです。本報告は、現在行われているある種の行動や信念のシステムに対して、ためになると思われる注意を集めようとして書きました。

(おわり)

But the hostility to established professions did not stop with accountants, economists and lawyers. There were many adverse "rub-off" effects on reputations of professionals that had always performed well, like engineers, who did not understand the financial fraud that their country had made a conventional requirement.

In the end, much that was good about the country, and needed for its future felicity, was widely and unwisely hated.

At this point, action came from a Higher Realm. God himself, who reviews all, changed His decision schedule to bring to the fore the sad case of the Great Financial Scandal of 2003. He called in his chief detective and said, "Smith, bring in for harsh but fair judgment the most depraved of those responsible for this horrible outcome."

But when Smith brought in a group of security analysts who had long and uncritically touted the stock of Quant Tech, the Great Judge was displeased. "Smith," he said, "I can't come down hardest on low-level cognitive error, much of it subconsciously caused by the standard incentive systems of the world."

Next, Smith brought in a group of SEC commissioners and powerful politicians. "No, no," said the Great Judge, "These people operate in a virtual maelstrom of regrettable forces and can't reasonably be expected to meet the behavioral standard you seek to impose."

Now the chief detective thought he had gotten the point. He next brought in the corporate officers who had practiced their version of "modern financial engineering" at Quant Tech. "You are getting close," said the Great Judge, "but I told you to bring in the most depraved. These officers will, of course, get strong punishment for their massive fraud and disgusting stewardship of the great engineer's legacy. But I want you to bring in the miscreants who will soon be in the lowest circle in Hell, the ones who so easily could have prevented all this calamity."

At last, the chief detective truly understood. He remembered that the lowest circle of Hell was reserved for traitors. And so he now brought in from Purgatory a group of elderly persons who, in their days on earth, had been prominent partners in major accounting firms. "Here are your traitors," said the chief detective. "They adopted the false accounting convention for employee stock options. They occupied high positions in one of the noblest professions, which, like yours, helps make society work right by laying down the right rules. They were very smart and securely placed, and it is inexcusable that they deliberately caused all this lying and cheating that was so obviously predictable. They well knew what they were doing was disastrously wrong, yet they did it anyway.

Owing to press of business in Your Judicial System, you made a mistake at first in punishing them so lightly. But now you can send them into the lowest circle in Hell."

Startled by the vehemence and presumption, the Great Judge paused. Then He quietly said: "Well done, my good and faithful servant."

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This account is not an implied prediction about 2003. It is a work of fiction. Except in the case of Professor Galbraith, any resemblances to real persons or companies is accidental. It was written in an attempt to focus possibly useful attention on certain modern behaviors and belief systems.

2015年6月8日月曜日

肉屋とレジ打ちと法律家とパンケーキ(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の10回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

巨大不祥事を招いた専門家らに対して、公衆は激しい反感を抱きました。当然ながら会計業界がもっとも非難されました。会計原則をさだめる団体の略称は、昔から「FASB」[ファズビー]と呼ばれてきました。しかし今やほとんどの人は「いまだにインキチ会計報告(Financial Accounts Still Bogus)」と解釈しています。

経済学者に対しても大きな批判がむけられました。あやまった会計に対して注意をださず、またそのやりかたが広く使われることでマクロ経済的な悪しき影響が不可避となるのをきちんと警告しなかった、それらに対する批判です。伝統的な経済学者に対する失望があまりに大きかったため、ハーバード大学のジョン・ケネス・ガルブレイスが[俗に言う]ノーベル経済学賞を受賞することになりました。つまるところ彼は以前に、「企業において大規模な横領行為が露見しないまま続くことで、ありがたくも経済を刺激する影響をもたらす」と予言していたのです(参考記事)。2003年に先立つ年に起きたことは、ガルブレイスがかつて予言した内容と非常に近いできごとでした。そしてそれが原因のひとつとなって大きな景気後退が生じました。今となればどちらも理解できると思います。

議会や証券取引委員会が大勢の法律家を使い、その法律家が多大な労力を費やして開示対象の会計文書をとりまとめました。今ではそれがインチキとみられており、「法律家」に関する新たな冗談が一週間ごとに生まれました。一例をあげておきましょう。肉屋が「法律家の評判は見事なまでに外れちまったね」と言うと、レジ係がこう答えたとさ。「で、飛んでくるパンケーキをどれだけ見事に外せたわけ?」

There was huge public antipathy to professions following the Great Scandal. The accounting profession, of course, got the most blame. The rule-making body for accountants had long borne the acronym "F.A.S.B." And now, nearly everyone said this stood for "Financial Accounts Still Bogus".

Economics professors, likewise, drew much criticism for failing to blow the whistle on false accounting and for not sufficiently warning about eventual bad macroeconomic effects of widespread false accounting. So great was the disappointment with conventional economists that Harvard's John Kenneth Galbraith received the Nobel Prize in economics. After all, he had once predicted that massive, undetected corporate embezzlement would have a wonderfully stimulating effect on the economy. And people could now see that something very close to what Galbraith had predicted had actually happened in the years preceding 2003 and had thereafter helped create a big, reactive recession.

With Congress and the SEC so heavily peopled by lawyers, and with lawyers having been so heavily involved in drafting financial disclosure documents now seen as bogus, there was a new "lawyer" joke every week. One such was: "The butcher says ‘The reputation of lawyers has fallen dramatically', and the check-out clerk replies, 'How do you fall dramatically off a pancake?'"

2015年6月2日火曜日

まやかしはいつまでも続かない(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の9回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

人間が望むあらゆる等比数列において高い公比を選ぶのであれば、この世界が有限である以上、最後には悲しい結末が待っています。また人間が成す社会という仕組みは結局はまともであり、大規模な不正のほぼすべてがいずれは恥辱をさらすことになります。2003年になってクァント・テック社はそのどちらにも陥りました。

売上高成長率が年率4%に低下したことで、クァント・テックの真の利益力は2003年になるまでに4%しか成長できなくなっていました。大半が機関投資家だった株主は大きく失望しましたが、もはや同社にはそれを逃れる術はありませんでした。この失望がきっかけとなり、同社の株価は衝撃的なまでに下落しました。いきなり50%下落したのです。株価が暴落したことで、クァント・テック社が会計報告上とっていた慣行が精査されるようになりました。そしてようやく、同社が報告した利益のうち非常に大きな部分が以前から「まやかし」であり、大規模かつ意図してなされた不適切な報告を非常に長期間続けてきたことが、ほぼだれの目にも明白となりました。これがさらなる株価下落を招き、2013年の中盤までに同社の時価総額はわずか1,400億ドルとなりました。半年ほど前に頂点を付けたときとくらべて、90%下落したのです。

過去には株式が広く保有され、そして讃えられた重要な企業の株価があっというまに90%も下落したわけです。市場価値にして1兆3,000億ドルが消えたことで、人々は強烈な痛みを感じました。当然ながら世間や政界は、非難を受けるに値する同社に対して激しい憎しみと嫌悪の念を向けるようになりました。称賛されるに足る同社の技術者が、今でも国内最高の発電所を設計しているとしてもです。

憎しみと嫌悪の向け先はクァント・テック社にとどまらず、すぐに他の企業へと広がりました。その中には、すなわちクァント・テックとは程度が異なるものの、好ましくない会計文化を持つ企業も含まれていました。大衆や政界から生じた憎悪は、それをひき起こした振舞いと同じようにすぐに限度を大きく超え、憎悪が憎悪を招きつづけました。この金融的惨状は投資家を超えて大きく広がり、深刻な景気後退をもたらしました。これは、欠陥のある会計基準が長くつづいた後に日本で起こった1990年代の不況と似たものでした。

However, all man's desired geometric progressions, if a high rate of growth is chosen, at last come to grief on a finite earth. And the social system for man on earth is fair enough, eventually, that almost all massive cheating ends in disgrace. And in 2003 Quant Tech failed in both ways.

By 2003, Quant Tech's real earning power was growing at only four percent per year after sales growth had slowed to four percent. There was now no way for Quant Tech to escape causing a big disappointment for its shareholders, now largely consisting of institutional investors. This disappointment triggered a shocking decline in the price of Quant Tech stock, which went down suddenly by fifty percent. This price decline, in turn, triggered a careful examination of Quant Tech's financial reporting practices, which, at long last, convinced nearly everyone that a very large majority of Quant Tech's reported earnings had long been phony earnings and that massive and deliberate misreporting had gone on for a great many years. This triggered even more price decline for Quant Tech stock until in mid-2003 the market capitalization of Quant Tech was only $140 billion, down ninety percent from its peak only six months earlier.

A quick ninety percent decline in the price of the stock of such an important company that was previously so widely owned and admired caused immense human suffering, considering the $1.3 trillion in market value that had disappeared. And naturally, with Quant Tech's deserved disgrace, the public and political reaction included intense hatred and revulsion directed at Quant Tech, even though its admirable engineers were still designing the nation's best power plants.

Moreover, the hatred and revulsion did not stop with Quant Tech. It soon spread to other corporations, some of which plainly had undesirable financial cultures different from Quant Tech's only in degree. The public and political hatred, like the behavior that had caused it, soon went to gross excess and fed upon itself. Financial misery spread far beyond investors into a serious recession like that of Japan in the 1990s following the long period of false Japanese accounting.

2015年5月22日金曜日

時価総額は150兆円(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の8回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

そのようなわけで、手元の現金等価物はかつてない速さで増加していたものの、「都度やんわり方式」を何年間か実行した後にクァント・テック社の経営陣が、同社の一株当たり報告利益を年率28%のペースで上昇させ続けたいと切望したのも当然でした。しかし、これは容易な仕事となりました。報告利益とくらべた同社の株価は、すでにとてつもない倍率の値段がついていたからです。そこで経営陣らは単純に、行使するストック・オプション数を漸増させはじめました。ただしそれは、現金で支給していたボーナスが減少した分や買い戻した自社株の数と合致しないものでした。経営陣らは容易に認識しましたが、この改定は彼らが立てた当初の計画に大きく寄与するものとなりました。ひとつは、現金の蓄積速度が大幅に加速するなかで、報告利益に含まれるまやかしの部分を発覚しにくいようにしたこと。そしてさらに、経営陣らを含む現株主が恩恵を受ける形で、相当な規模のポンジ詐欺あるいはチェーン・レター効果をクァント・テック社へもたらしたことです。

また経営陣は、当初の計画に含まれていた別の欠陥もすみやかに修正しました。漸増するまやかしの部分を含んだクァント・テック社の報告利益が28%ずつ増加しながらも、税引き前の報告利益に占める所得税の割合が低下し続けていた点です。これはすなわち、ありがたくない質問や批判を招く可能性を高めることになります。しかし、この問題は早々に取り除かれました。外国における発電所の多くは、政府によって建設保有されていました。そのためクァント・テック社が設計費用を値上げしても、それをわずかに超える金額が当該外国政府へおさめる所得税に加算されるのであれば、政府によっては値上げを容易に認めてくれたからです。

2002年にクァント・テック社が報告した数字では、売上高が470億ドル、純利益は160億ドルまでに達しました。現金等価物からの利子収入も含んでいますが、何年にもわたって新株を追加発行していなければ、そこまでの利子は得られなかったでしょう。手持ちの現金等価物は850億ドルにのぼりました。そのためほとんどの投資家は、「現金に浸かっているも同然の企業ならば、申告利益160億ドルはなんとかすればあげられる数字だ」と考えていました。2003年のはじめに頂点をつけたクァント・テック社の時価総額は、1兆4,000億ドルになりました。これは2002年に報告した利益の約90倍の金額でした。

It was therefore, natural, after the "dollop by dollop system" had been in place for a few years, for Quant Tech's officers to yearn to have Quant Tech's reported earnings per share keep going up at twenty-eight percent per year while cash equivalents grew much faster than they were then growing. This turned out to be a snap. By this time, Quant Tech's stock was selling at a huge multiple of reported earnings, and the officers simply started causing some incremental stock-option exercises that were not matched either by reductions in cash bonuses paid or by repurchases of Quant Tech's stock. This change, the officers easily recognized, was a very helpful revision of their original plan. Not only was detection of the phony element in reported earnings made much more difficult as cash accumulation greatly accelerated, but also a significant amount of Ponzi-scheme or chain-letter effect was being introduced into Quant Tech, with real benefits for present shareholders, including the officers.

At this time the officers also fixed another flaw in their original plan. They saw that as Quant Tech's reported earnings, containing an increasing phony element, kept rising at twenty-eight percent, Quant Tech's income taxes as a percentage of reported pre-tax earnings kept going lower and lower. This plainly increased chances for causing undesired questions and criticism. This problem was soon eliminated. Many power plants in foreign nations were built and owned by governments, and it proved easy to get some foreign governments to raise Quant Tech's design fees, provided that in each case slightly more than the fee increase was paid back in additional income taxes to the foreign government concerned.

Finally, for 2002, Quant Tech reported $16 billion in earnings on $47 billion of revenues that now included a lot more revenue from interest on cash equivalents than would have been present without net issuances of new stock over the years. Cash equivalents on hand now amounted to an astounding $85 billion, and somehow it didn't seem impossible to most investors that a company virtually drowning in so much cash could be earning the $16 billion it was reporting. The market capitalization of Quant Tech at its peak early in 2003 became $1.4 trillion, about ninety times earnings reported for 2002.

2015年5月14日木曜日

財務分析を邪魔立てする単純連想効果(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の7回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

彼らがはじめに望んだ点は、20年間にわたって大きな中断をはさむことなく「都度やんわり方式」を継続することでした。

次に望んだ点は、クァント・テック社の報告利益が20年間全体を通して毎年ほぼ同じ割合で増えていくことでした。というのも彼らは、「報告利益の年間成長率が一度たりとも大幅に変動しなければ、機関投資家の代表者たる財務アナリストが同社の株式を高く評価するだろう」と信じていたからです。

3つ目は、報告利益の信頼性を守りたかったので、「クァント・テック社の売上げのうち40%以上を発電所設計業務が占めている」などと報告して投資家を不審がらせることは、まるで望んでいなかった点です。それが20年目だとしてもです。

クァント・テック社の経営陣としては「真正の売上及び利益のどちらも20年間にわたって20%ずつ増加する」と仮定していたので、それらの要求を満たす計算はたやすく行えました。かつて創業者が報告していた年間成長率は20%でした。そのかわりに彼らが即座に決定した数字は28%でした。自分たちの考案した「都度やんわり方式」を使って、クァント・テック社の報告利益を増加させるのです。

この「現代的な金融工学」による大いなる計略が、クァント・テック社を悲劇へ向かわせることになります。人の手になる軽蔑すべき策略が、試みを成就させた先例はほとんどないのです。さて、クァント・テック社の報告利益は年率28%ずつ毎回増加していき、監査した会計士はそれを承認しました。同社の会計報告を批判する者はいませんでした。そうでない人がわずかにいたものの、彼らに対する世間一般の見方は「非現実的で、あまりにも理屈っぽく、厭世的な変人」というものでした。クァント・テック社が「年率28%ずつ堅調に利益成長した」と報告する際に、その信頼性を維持する上で大きく貢献することになったのが、配当を決して支払わないという創業者の方針でした。手元にある現金等価物がおどろくほどに多額だったため、パブロフの示した単純連想効果、すなわち現実認識をしばしば鈍らせるものがうまく機能し、報告利益に含まれるまやかしの要素を検出する邪魔をしました。

First, they wanted to be able to continue their "dollop by dollop system" without major discontinuities for twenty years.

Second, they wanted Quant Tech's reported earnings to go up by roughly the same percentage each year throughout the whole twenty years because they believed that financial analysts, representing institutional investors, would value Quant Tech's stock higher if reported annual earnings growth never significantly varied.

Third, to protect credibility for reported earnings, they never wanted to strain credulity of investors by reporting, even in their twentieth year, that Quant Tech was earning more than forty percent of revenues from designing power plants.

With these requirements, the math was easy, given the officers' assumption that Quant Tech's non-phony earnings and revenues were both going to grow at twenty percent per year for twenty years. The officers quickly decided to use their "dollop by dollop system" to make Quant Tech's reported earnings increase by twenty-eight percent per year instead of the twenty percent that would have been reported by the founder.

And so, the great scheme of "modern financial engineering" went forward toward tragedy at Quant Tech. And few disreputable schemes of man have ever worked better in achieving what was attempted. Quant Tech's reported earnings, certified by its accountants, increased regularly at twenty-eight percent per year. No one criticized Quant Tech's financial reporting except a few people widely regarded as impractical, overly theoretical, misanthropic cranks. It turned out that the founder's policy of never paying dividends, which was continued, greatly helped in preserving credibility for Quant Tech's reports that its earnings were rising steadily at twenty-eight percent per year. With cash equivalents on hand so remarkably high, the Pavlovian mere-association effects that so often impair reality recognition served well to prevent detection of the phony element in reported earnings.

2015年5月12日火曜日

CEOに必要な資質とは(『破天荒な経営者たち』)

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数回前の投稿でご紹介した著書『破天荒な経営者たち』からもう1点ご紹介します。今回引用するのは、ラルストン・ピュリーナ社のCEOだったビル・スティーリッツ氏の話題です。なおペットフード会社の同社は、2001年にネスレに買収されました。

買収に関しては節約志向で、大型入札で株価がつり上がるよりも機を見て市場で買うことを好んだ。そして、常にPER(株価収益率)が周期的な安値を付けたときに買収を行った。(中略)

スティーリッツは、自社株買いのリターンがほかの資本投資、特に買収を判断するときの基準になると考えていた。長年彼の補佐役を務めたパット・モケイヒーによれば、「投資判断には、常に自社株買いのリターンというハードルが使われました。もし、買収によってある程度の精度でこのリターンを上回ることができそうならば、それは実行する価値があると判断されました」。(中略)

スティーリッツは、控えめに見ても魅力的なリターンを生みそうな会社のみを買うべきだと考えていた。彼は、詳細な金融モデルなど当てにせず、いくつかの重要な変数――市場成長率、競争、業務改善が可能か、そしてもちろん現金を生み出すカ――のみを考慮して判断を下していた。彼によれば「私はいくつかの重要な想定のみに注目して判断を下していました。まず調べるのは、市場の潜在的なトレンドの成長率と競争状況です」。(p.216)

スティーリッツは独立心が強く、外部からの助言はまったく受け入れなかった。彼は、CEOの資質としてカリスマ性は過大評価されていると考えていた。必要なのは分析力と独立的思考で、「それがなければ、CEOは銀行とCFO(最高財務責任者)の言うなりです」。彼は、多くのCEOがこのような分析力が必要ない部門(法務、マーケティング、製造、販売など)の出身だということを理解していた。しかしそのうえで、この能力がなければCEOとしては非常に不利だと考えていた。彼の信条は単純で、「リーダーシップとは分析力です」。(p.220)

2015年5月6日水曜日

バリュー投資家の方へおすすめの一冊『破天荒な経営者たち』

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チャーリー・マンガーの推薦書"The Outsiders"(過去記事)の翻訳書が出ていたことを指摘してくれたのは、いつもコメントをつけてくださるブロンコさんでした(過去記事のコメント欄)。邦題は『破天荒な経営者たち』、発行元はパンローリング社です。別の翻訳書『千年投資の公理』を取りあげたときに同社のことを「わざと売れないように題名をつける会社」と書きましたが(過去記事)、本書もその路線に足を踏み入れていると思います。邦題だけでなく、装丁(表紙のデザイン)のほうも購買意欲を削いでいるようにみえるからです。前置きが長くなりましたが、結論は題名に記したとおりです。バリュー投資家のみなさんには、一読されることを強くお勧めする一冊です。資金を投じる価値がある企業の経営者とはどのような人たちなのか、その実例を示しているからです。

今回引用するのは同書で紹介されている経営者のひとり、ケーブルテレビ業界のTCI社でCEOを務めていたジョン・マローン氏の話題です(現在はリバティメディア社などの会長)。

この時期、マローンは新しい財務と業務の規律を導入し、各部門の責任者に、利益率を維持しながら毎年加入者を10%増やすことができれば、彼らの独立性を尊重すると約束した。TCIの質素で起業家的な文化は、この時期に本部から現場へと広がっていった。

TCIの本部や、アメリカのメディア勢力図を書き換える業界の最大手の本部にはとても見えなかった。事務所は質実剛健で、少ない幹部とそれ以上に少ない秘書がビニール張りの床に置いた剥げた金属製のデスクで働いていた。受け付けは一人しかおらず、あとは自動音声の留守番電話で対応していた。TCIの幹部がそろって出張に出ても宿泊はたいていモーテル(車庫付きの簡易宿泊所)で、COO(最高執行責任者)のJ.C.スパークマンによれば「当時はホリデイ・インに泊まるのがたまの贅沢でした」。(中略)

各部門の責任者は、目標を達成していればかなりの自治権を与えられていた。反対に、月間目標が達成できなかった部門の責任者は、社内を飛び回っているCOOの訪問をたびたび受け、パフォーマンスが劣っていればすぐに差し替えられた。(p.143)

資本を配分するには高リターンの選択肢がたくさんあり、マローンはそれを最適に組み合わせてTCIの資産を構築していった。彼の経歴からも分かるように、マローンは冷静で合理的でまるで外科医のように正確に資本を配分していったのである。彼は、魅力的なリターンであれば、どれほど複雑で型破りな投資でも検討し、工学的な思考で、リターンが優れた計画だけを実行した。面白いことに、彼はスプレッドシートは使わず、リターンが簡単に計算できる計画を好んだ。「コンピューターには細かいデータがたくさん必要ですが……私はプログラマーではなく数学者です。正しくあるべきですが、厳密でなくともよいのです」と語ったこともある。(p.162)

しかし、彼は安値でしか買わず、TCIの買収計画の基礎となる単純なルール――番組制作費の割引と人員削減が終わった時点で見込めるキャッシュフローの5倍までしか支払わない――を持っていた。この分析は、たった1枚の紙があれば計算できた(紙ナプキンの裏で計算することもあった)。高度な予想モデルなどは必要ないのである。

重要なのは予想の精度と期待した相乗効果を生み出せるかどうかであり、マローンとスパークマンの事業チームは新たに買収した会社の不要コストを削減するための高度な訓練を受けていた。(p.165)

TCIの事業は驚くほど分権化されており、スパークマンが引退した1995年でも1200万人の加入者を擁するこの会社の本部には17人の社員しかいなかった。マローンのいつもの率直な言いかたによれば、「スタッフの数が多ければよいというものではありません。ほとんどの人間は、あとからとやかく言うだけの連中です」。(p.169)

2015年5月2日土曜日

レーズンもどきも積もれば山となる(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の6回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

新任経営者らは単純に、ボーナスの支給を従業員向けストック・オプション行使益へと毎年少しずつ何年にもわたって移行するのは慎重なやりかただと考えていました。彼らはひそかに、自分たちが採用したこの慎重な計画を「都度やんわり方式」と呼びました。そして次の4つの明白な利点があると信じ込んでいました。

第一に、単年度に上乗せする「まやかし」の利益をごくわずかにとどめることで、大盛りにするより気づかれにくい点です。

第二に、まやかしの利益を毎年わずかずつ上乗せしても長期的にみると大きく積みあがりますが、「都度やんわり方式」によってそれがあいまいになりやすい点です。同社のCFOは内々で次のように言い表していました。「もし私たちがレーズン(干しぶどう)の中へ糞ころを毎年少しずつ混ぜたとしても、それが最終的にすごい量の糞便になるとはおそらくだれも気づかないでしょう」

第三に、社外の会計監査人が何年かにわたって、少しだけまやかしの利益が加わった会計報告を監査承認したとします。しかしいったんそうなれば、その後も同じ割合でまやかしの利益増が含まれている決算書類が出てきても、それを承認しないのはもどかしくて我慢ならないと思われる点です。

そして4番目が、クァント・テック社の経営陣にとって「都度やんわり方式」は軽蔑されにくい、あるいはより深刻な危害につながりにくいと考えられる点です。クァント・テックを除く事実上すべての企業がずっとリベラルなストック・オプション制度を採用していたので、「従業員を惹きつけて維持するには、報酬のうちのわずかな部分をオプション行使の形態へと移行することが不可欠だ」と経営陣はいつでも説明できました。実際のところ、その奇天烈なストック・オプション会計が実施された結果として企業文化が形成されたり株式市場における熱狂が存在している節もあるので、この主張はたぶんに真実であろうと考えたわけです。

それら4つの利点を考慮すると、「都度やんわり方式」は望ましく思えること必然でした。そしてクァント・テック社の経営陣にあとひとつ残されていたのが、まやかしの利益をどれだけの規模で毎年上乗せするかを決めることでした。しかし経営陣らはまずはじめに、満足させたいと考える状態を3つ定めることにしたので、その決定も容易な仕事となったのです。

Plainly, the new officers saw, it would be prudent to shift bonus payments to employee stock option exercise profits in only a moderate amount per year over many years ahead. They privately called the prudent plan they adopted their "dollop by dollop system," which they believed had four obvious advantages:

First, a moderate dollop of phony earnings in any single year would be less likely to be noticed than a large dollop.

Second, the large long-term effect from accumulating many moderate dollops of phony earnings over the years would also tend to be obscured in the "dollop by dollop system." As the CFO pithily and privately said: "If we mix only a moderate minority share of turds with the raisins each year, probably no one will recognize what will ultimately become a very large collection of turds."

Third, the outside accountants, once they had blessed a few financial statements containing earnings increases, only a minority share of which were phony, would probably find it unendurably embarrassing not to bless new financial statements containing only the same phony proportion of reported earnings increase.

Fourth, the "dollop by dollop system" would tend to prevent disgrace, or something more seriously harmful, for Quant Tech's officers. With virtually all corporations except Quant Tech having ever-more-liberal stock option plans, the officers could always explain that a moderate dollop of shift toward compensation in option-exercise form was needed to help attract or retain employees. Indeed, given corporate culture and stock market enthusiasm likely to exist as a consequence of the strange accounting convention for stock options, this claim would often be true.

With these four advantages, the "dollop by dollop system" seemed so clearly desirable that it only remained for Quant Tech's officers to decide how big to make their annual dollops of phony earnings. This decision, too, turned out to be easy. The officers first decided upon three reasonable conditions they wanted satisfied:

2015年4月24日金曜日

報告利益を合法的に5倍にする方法(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の5回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

かねてより金融面で抜け目のなかったクァント・テック社の新たな経営者らには、即座にわかったことがありました。驚くべき特異な会計慣行と所得税の法令に従えば、単純な行動をとるだけで同社の報告利益を増大できる、驚くほどに大きな機会があったことです。クァント・テック社の年間費用のうち、インセンティブ・ボーナスが大きな部分を占めていました。その事実が「現代的な金融工学」を発揮するまたとない機会をもたらしました。

彼らからすれば、クァント・テック社の従業員向けストック・オプションの行使益を、4億ドルになるインセンティブ・ボーナス費用全額と置き換えるなどは、容易にみてとれるものでした。付与するオプションの代金を支払った上で、浮いたボーナス用の現金を費やしてオプション行使時に発行される全株式を買い戻すのです。そしてその他一切は元の状態を保てば、つまり発行済み株式数は同じまま、1982年度のクァント・テック社の報告利益をなんと1億ドルから400%増の5億ドルまで増加させることが可能でした。そのため、従業員向けストック・オプション行使益をインセンティブ・ボーナスと置き換える作業に着手することは、新任経営者らからすれば当然正しい策略だと思えたのです。受け取るボーナスが現金であろうと、あるいは事実上完全に現金と同じものであろうと、数字の得意なエンジニア集団がその違いを気にすべき理由があるでしょうか。どのような計画が望ましいとしても、そのような変更をお膳立てする作業が困難なものだとは思えませんでした。

しかし、新たな策略を実行するには一定の注意と自制が望まれると認識するのも、これまた新任経営者らには容易なことでした。新たな企てを単年度内で進めすぎるのは、当然ながらクァント・テック社の会計士から抵抗されたり、別のところから望ましくない反対が起こることになりかねません。少なくとも彼ら新任経営者にとっては、金の卵を産んでくれる大変な能力を持つガチョウです。それを殺してしまう恐れがありました。つまるところ彼らのとるべき策略とは、報告利益を増加させるために真の利益に対して「まやかし」の利益の部分を加えるにとどめる、とするものでした。「まやかし」とは、策を講じて増加した部分の報告利益は、ありがたい本物の経済的成果としてクァント・テック社が享受できるものではない、という意味です(期末の在庫を過剰評価するのと同じように、詐欺的な効果が一時的にもたらされますが、それは含みません)。新任のCEOはこの魅力ある慎重なやりかたを、ひそかに「賢明にも抑制された偽り」と呼びました。

Quant Tech's new officers, financially shrewd as they were, could see at a glance that, given the amazingly peculiar accounting convention and the sound income tax rules in place, Quant Tech had a breathtakingly large opportunity to increase its reported profits by taking very simple action. The fact that so large a share of Quant Tech's annual expense was incentive bonus expense provided a "modern financial engineering" opportunity second to none.

For instance, it was mere child's play for the executives to realize that if in 1982 Quant Tech had substituted employee stock option exercise profits for all its incentive bonus expense of $400 million while using bonus money saved plus option prices paid to buy back all shares issued in option exercises and keeping all else the same, the result would have been to drive Quant Tech 1982 reported earnings up by 400 percent to $500 million from $100 million while shares outstanding remained exactly the same! And so it seemed that the obviously correct ploy for the officers was to start substituting employee stock option exercise profits for incentive bonuses. Why should a group of numerate engineers care whether their bonuses were in cash or virtually perfect equivalents of cash? Arranging such substitutions, on any schedule desired, seemed like no difficult chore.

However, it was also mere child's play for the new officers to realize that a certain amount of caution and restraint would be desirable in pushing their new ploy. Obviously, if they pushed their new ploy too hard in any single year, there might be rebellion from Quant Tech's accountants or undesirable hostility from other sources. This, in turn, would risk killing a goose with a vast ability to deliver golden eggs, at least to the officers. After all, it was quite clear that their ploy would be increasing reported earnings only by adding to real earnings an element of phony earnings - phony in the sense that Quant Tech would enjoy no true favorable economic effect (except temporary fraud-type effect similar to that from overcounting closing inventory) from that part of reported earnings increases attributable to use of the ploy. The new CEO privately called the desirable, cautious approach "wisely restrained falsehood".

2015年4月12日日曜日

会計士の決めた慣行を税務当局が認めない例(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の4回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

クァント・テック社の経営者として新たに選任された者は早々に、会社をうまく経営しても現在以上の割合で売上高の伸び率を高めたり、利益率を増加させられないことに気づきました。そのどちらにおいても、創業者がすでに最適な状態へと到達させていたからです。さらに新任経営者らは、うまく機能しているエンジニアリング文化に対して、下手に手を出す気もありませんでした。それゆえに新任者が惹きつけられたのは、彼らが言うところの「現代的な金融工学」を活用することでした。報告利益を増大させるためには、合法的と思われる方法は何であろうとすべてを速やかに実行する必要がありました。そのためにはまず、単純ながらも大きな変更を実施することになりました。

なんとも奇妙な運命の皮肉によって、クァント・テックの創業者が嫌っていたストックオプションに関する会計慣行は、新たな経営者の仕事を非常に楽なものにしました。そして最終的にはクァント・テック社の評判を失墜させることになります。当時の米国では次のような会計慣行がありました。まず従業員がオプションを付与されて、次にその従業員に対して市場で容易に売却できる株式を市場価格未満で発行したとき、従業員に対して値引きした部分はほぼ現金と等しいながらも、会社の報告利益を決定する上で報酬費用に含めてはならない、とするものでした。会計士業界はこの驚くべき特異な会計慣行を、もっとも賢明かつ倫理的なメンバーらが反対したにもかかわらず、選択しました。概して企業の経営者とは、雇用元企業の株を対象にしたオプションを行使して得られる利益が、その企業の業績を決定する費用に含まれないことを好むもので、それゆえの反対意見だったのです。しかし会計士業界が驚嘆すべき特異な決定をくだしたのは、単に要請に従っただけのことでした。裕福で確固たる地位にある会計士とはまったく異なる人たちであれば、その手の要請に従うことはよくありました。ただし通常それは、不確実で権力を持たない、つまり「食い扶持を出してくれる者のために歌う」人たちでした。幸いなことに、所得税を管轄する当局は会計士業界とは違っていました。会計士のように驚愕特異な会計上の概念を抱くことはありませんでした。そこでは初歩的な常識が勝ったのです。ストック・オプション行使時に発生する割引分の金額は明白なる報酬費用として扱われ、税法上の所得を決定する際の控除対象とされました。

The newly installed Quant Tech officers quickly realized that the company could not wisely either drive its revenues up at an annual rate higher than the rate in place or increase Quant Tech profit margin. The founder had plainly achieved an optimum in each case. Nor did the new officers dare tinker with an engineering culture that was working so well. Therefore, the new officers were attracted to employing what they called "modern financial engineering" which required prompt use of any and all arguably lawful methods for driving up reported earnings, with big, simple changes to be made first.

By a strange irony of fate, the accounting convention for stock options that had so displeased Quant Tech's founder now made the new officers' job very easy and would ultimately ruin Quant Tech's reputation. There was now an accounting convention in the United States that, provided employees were first given options, required that when easily marketable stock was issued to employees at a below-market price, the bargain element for the employees, although roughly equivalent to cash, could not count as compensation expense in determining a company's reported profits. This amazingly peculiar accounting convention had been selected by the accounting profession, over the objection of some of its wisest and most ethical members, because corporate managers, by and large, preferred that their gains from exercising options covering their employers' stock not be counted as expense in determining their employers' earnings. The accounting profession, in making its amazingly peculiar decision, had simply followed the injunction so often followed by persons quite different from prosperous, entrenched accountants. The injunction was that normally followed by insecure and powerless people: "Whose bread I eat, his song I sing." Fortunately, the income tax authorities did not have the same amazingly peculiar accounting idea as the accounting profession. Elementary common sense prevailed, and the bargain element in stock option exercises was treated as an obvious compensation expense, deductible in determining income for tax purposes.

2015年4月8日水曜日

1982年、バリュー投資家の出番が来た年(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の3回目です。話が動き出してきました。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

クァント・テック社は強力な財務基盤と生産的な社風を備え、急速に変化成長するビジネスにおいて臨界量に達した専門能力を有していました。御大のやりかたに従った同社は1982年までに、その後20年間において売上高成長率が年率20%、売上高利益率が10%を維持できる水準に達していました。20年間が経過した後の2003年以降には、利益率10%は非常に長い間維持できるでしょうが、売上高の伸び率は年率4%へと縮小すると思われます。しかし低成長が不可避となる時期がいつから始まるものか、同社のだれにも正確にはわかりませんでした。

クァント・テックの大将がとっていた配当政策は単純そのものでした。配当金を一切払わなかったのです。そうするかわりに、すべての利益を現金等価物として単に積み上げていきました。

普通株の領域で本当に熟達した投資家であればだれでも、現金豊富なクァント・テック社は1982年の投資先としてめざましい機会をもたらすとわかったでしょう。その輝かしい将来にもかかわらず、市場が付けていた値段は純利益の15倍にすぎない15億ドルだったからです。麗しき将来性とくらべて時価総額が低かったのは、1982年には他のすばらしい普通株も15倍かそれ以下で売られていたせいでした。金利が高かったことの当然の成り行きとして、そのような情勢が広まっていたのです。そして普通株に分散投資した典型的なポートフォリオを有する者は、それ以前に何年も享受していたような成果を得られずに失望した時期でした。

1982年にクァント・テック社の時価総額が低かったことで、同社の取締役は御大が亡くなって早々に不満や不愉快な想いを抱くようになりました。賢明なる取締役であれば、そのようなときにはクァント・テック社の株を大々的に買うものです。手元の資金を使い果たし、さらには同じことのために資金を借りたでしょう。しかし1982年当時の伝統的な企業の知恵からすると、そのような決定は許されませんでした。そこで取締役会は伝統的な道を選びました。新たなCEOとCFOを社外から雇ったのです。それも、当時すでに従業員向けのストック・オプション制度を採用しており、報告利益の20倍に達する時価総額が付いていた会社からです。ところが、その会社の財務基盤はクァント・テック社より貧弱で、純利益の成長率もクァント・テックよりゆるやかでした。これが示すことは明白です。その新経営陣を雇った理由は、クァント・テック社の取締役諸氏が「会社の時価総額を可能な限りすみやかに高めたい」と望んでいたからでした。

Possessing a strong balance sheet and a productive culture and also holding a critical mass of expertise in a rapidly changing and rapidly growing business, Quant Tech, using the old man's methods, by 1982 was destined for twenty years ahead to maintain profits at ten percent of revenues while revenues increased at twenty percent per year. After this twenty years, commencing in 2003, Quant Tech's profit margin would hold for a very long time at ten percent while revenue growth would slow down to four percnt per year. But no one at Quant Tech knew precisely when its inevitable period of slow revenue growth would begin.

The old man's dividend policy for Quant Tech was simplicity itself: He never paid a dividend. Instead, all earnings simply piled up in cash equivalents.

Every truly sophisticated investor in common stocks could see that the stock of cash-rich Quant Tech provided a splendid investment opportunity in 1982 when it sold at a mere fifteen times earnings and, despite its brilliant prospects, had a market capitalization of only $1.5 billion. This low market capitalization, despite brilliant prospects, existed in 1982 because other wonderful common stocks were also then selling at fifteen times earnings, or less, as a natural consequence of high interest rates then prevailing plus disappointing investment returns that had occurred over many previous years for holders of typical diversified portfolios of common stocks.

One result of Quant Tech's low market capitalization in 1982 was that it made Quant Tech's directors uneasy and dissatisfied right after the old man's death. A wiser board would then have bought in Quant Tech's stock very aggressively, using up all cash on hand and also borrowing funds to use in the same way. However, such a decision was not in accord with conventional corporate wisdom in 1982. And so the directors made a conventional decision. They recruited a new CEO and CFO from outside Quant Tech, in particular from a company that then had a conventional stock option plan for employees and also possessed a market capitalization at twenty times reported earnings, even though its balance sheet was weaker than Quant Tech's and its earnings were growing more slowly than earnings at Quant Tech. Incident to the recruitment of the new executives, it was made plain that Quant Tech's directors wanted a higher market capitalization, as soon as feasible.

2015年4月4日土曜日

それなりのエンジニアであれば期待されること(チャーリー・マンガー)

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少し間隔がひらきましたが、チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の2回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

1982年には、クァント・テック社は業界シェアの大半を獲得していました。同社の売上高は10億ドル、純利益は1億ドルでした。売上原価は、設計作業に携わる技術系従業員への報酬によって事実上占められていました。売上高のうちの70%が従業員へ直接給付される報酬で、そのうち30%が基本給、40%がインセンティブ・ボーナス[業績連動賞与]でした。それらの支払いは、創業者が設計した緻密な体系によるものでした。報酬の全額が現金で支払われ、ストック・オプションはありませんでした。ご老体からすれば、ストック・オプションに要求される会計上の取り扱いは、「薄弱で堕落しており、尊敬に値しない」ものだったからです。彼は低品質のエンジニアリング以上に、質の低い会計処理を望んでいませんでした。ご老人はさらに、自分の作ったインセンティブ・ボーナスの割合が大きな仕組みは、各人や小集団の業績基準を正確に示すようにあつらえてある、と確信していました。他社のストック・オプション制度では、高低両面において望ましくない報酬が支払われる結果を招く、と彼は信じていたのです。

しかしながらご老人の仕組みにおいてでさえも、クァント・テックに昔から仕えてきた従業員はすでに裕福となっていたか、間違いなくそうなる人ばかりでした。それというのも従業員は、そうでない一般の株主と同じようにクァント・テックの株を市場で買っていたからです。発電所を設計できるほどに十分頭がよく、自発的に規律をきちんと守れる人であれば、そのような方法で自身の財政的問題に対応できておかしくない、とご老人はいつもそう考えていました。時折彼はあえて家父長的な姿勢をみせて、クァント・テックの株を買うように従業員へうながしたものでした。

創業者が1982年に亡くなるまでのクァント・テックは、無借金でした。どれだけ急激に売上げが伸びようとも、事業を継続する上で株主資本は一切不要でした。評判を高める目的しかありませんでした。しかしご老体はベン・フランクリンの言葉「からっぽの袋は立たせにくい」を信奉しており、クァント・テックにもきちんと立っていてほしいと望んでいました[参考記事]。その上、彼は事業と職場仲間に惚れこんでいたので、予期せぬ困難や機会が来た時になるべくうまく解決したり好機を最大に生かせるよう、多額の現金等価物を常に持っておきたいと考えていました。そのおかげで、1982年にクァント・テックが有していた現金等価物は5億ドルとなり、売上高の50%に達していたのです。

By 1982, Quant Tech had a dominant market share in its business and was earning $100 million on revenues of $1 billion. Its costs were virtually all costs to compensate technical employees engaged in design work. Direct employee compensation cost amounted to seventy percent of revenues. Of this seventy percent, thirty percent was base salaries and forty percent was incentive bonuses being paid out under an elaborate system designed by the founder. All compensation was paid in cash. There were no stock options because the old man had considered the accounting treatment required for stock options to be "weak, corrupt, and contemptible," and he no more wanted bad accounting in his business than he wanted bad engineering. Moreover, the old man believed in tailoring his huge incentive bonuses to precise performance standards established for individuals or small groups, instead of allowing what he considered undesirable compensation outcomes, both high and low, such as he believed occurred under other companies' stock option plans.

Yet, even under the old man's system, most of Quant Tech's devoted longtime employees were becoming rich, or sure to get rich. This was happening because the employees were buying Quant Tech stock in the market, just like non-employee shareholders. The old man had always figured that people smart enough, and self-disciplined enough, to design power plants could reasonably be expected to take care of their own financial affairs in this way. He would sometimes advise an employee to buy Quant Tech stock, but more paternalistic than that he would not become.

By the time the founder died in 1982, Quant Tech was debt free and, except as a reputation-enhancer, really didn't need any shareholders' equity to run its business, no matter how fast revenues grew. However, the old man believed with Ben Franklin that "it is hard for an empty sack to stand upright," and he wanted Quant Tech to stand upright. Moreover, he loved his business and his coworkers and always wanted to have on hand large amounts of cash equivalents so as to be able to maximize work-out or work-up chances if an unexpected adversity or opportunity came along. And so, in 1982, Quant Tech had on hand $500 million in cash equivalents, amounting to fifty percent of revenues.

2015年2月20日金曜日

2003年に露呈した巨大金融不祥事について(チャーリー・マンガー)

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今回から始まるこのシリーズでは、『Poor Charlie's Almanack』に収録されている講演その8(Talk Eight)を全訳でご紹介します。いつもとは少し違う雰囲気の話です。(日本語は拙訳)

講演その8

2003年に露呈した巨大金融不祥事について
2000年夏、チャーリー・マンガーによる報告

2003年に大規模な金融不祥事が発覚し、クァント・テクニカル社の評判は突如として失墜しました。「クァント・テック」と呼ばれていた同社は、伝説的な創業者でエンジニアだったアルバート・バーザグ・クァント氏に導かれたことで、この国で最大の純然たるエンジニアリング会社に成長していました。

2003年以降、クァント・テックの顛末はある種の道徳劇としてとらえられるようになりました。この演劇は2幕に分かれています。第1幕は創業者だったエンジニアが活躍した時期で、良き価値が備わった黄金時代としてみられています。第2幕は創業者の直後の代で、誤った価値観を身につけた同社がソドムとゴモラの終末期のようになった、とみなされた時代です。

この報告で明らかにするように、クァント・テックの創業者が1982年に亡くなった後、同社が一夜にして善から悪へと変化したわけではありません。会社の優れたところは1982年以降も継続しました。一方では1982年以前から何年にもわたって、金融面での同社の文化には深刻な悪が存在していました。クァント・テックはそのような状況下で企業活動を遂行せざるを得なかったのです。

クァント・テックの逸話は、ある種の古典的な悲劇としてよく知られています。無慈悲な運命によって、ある過ちが容赦なく罰せられたからです。その過ちとは、この国の従業員向けストックオプションに関する驚くべき特異な会計処理でした。同社はその犠牲者となり、そしてこの国も同じでした。この種のことは過去にも起きていたのですから、ソポクレスは巨大金融不祥事の歴史を書いていたかもしれません。

1982年にアルバート・バーザグ・クァント氏がこの世を去ったとき、すばらしくも繁盛した貢献度の大きな企業を後継者や創造主に残しました。クァント・テックの唯一の事業は世界中の顧客に対して小型発電所を設計し、対価をもらう仕事でした。彼らの設計する革新的な発電所は超衛生的・超高効率で、発電効率が向上したものでした。

Talk Eight

The Great Financial Scandal of 2003
An Account by Charles T. Munger, Summer 2000

The great financial scandal erupted in 2003 with the sudden, deserved disgrace of Quant Technical Corporation, always called "Quant Tech". By this time, Quant Tech was the country's largest pure engineering firm, having become so as a consequence of the contributions of its legendary founder, engineer Albert Berzog Quant.

After 2003, people came to see the Quant Tech story as a sort of morality play, divided into two acts. Act One, the era of the great founding engineer, was seen as a golden age of sound values. Act Two, the era of the founder's immediate successors, was seen as the age of false values with Quant Tech becoming, in the end, a sort of latter-day Sodom or Gomorrah.

In fact, as this account will make clear, the change from good to evil did not occur all at once when Quant Tech's founder died in 1982. Much good continued after 1982, and serious evil had existed for many years prior to 1982 in the financial culture in which Quant Tech had to operate.

The Quant Tech story is best understood as a classic sort of tragedy in which a single flaw is inexorably punished by remorseless Fate. The flaw was the country's amazingly peculiar accounting treatment for employee stock options. The victims were Quant Tech and its country. The history of the Great Financial Scandal, as it actually happened, could have been written by Sophocles.

As his life ended in 1982, Albert Berzog Quant delivered to his successors and his Maker a wonderfully prosperous and useful company. The sole business of Quant Tech was designing, for fees, all over the world, a novel type of superclean and superefficient small power plant that improved electricity generation.