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2014年6月30日月曜日

インフレ・リスクとコモディティー投資(アーノルド・ヴァンデンバーグ)

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アメリカで開催されているバリュー投資家の会合"Value Investor Conference"の文字はどこかのWebサイトで目にした記憶がありましたが、よく知りませんでした。今年が11回目になる会合では、わたしの好きなマネー・マネージャーのアーノルド・ヴァンデンバーグが講演していました。そのトランスクリプトが彼のファンドのWebサイトに掲載されています。取りあげた話題はインフレについてです。

最近の彼は金鉱山会社に投資しており、その背景の一部を説明してくれた形になります。経済学者的な分析と違ってやや一面的な印象を受けますが、骨太な指摘や示唆も感じられました。近い将来の現実と対峙しなければならない一投資家として、それなりに参考になる内容でした。今回はその中の一部をご紹介します。(日本語は拙訳)

なお、同会合はバークシャー・ハサウェイの年次株主総会に合わせて実施しているとのことです(総会の1,2日前にオマハで開催)。ご興味のある方は同会合のWebサイトがこちらにあります。来年2015年開催の参加費は$1,795ですが、今なら特別料金$995だそうです。もちろん、わたしはどちらも行きません。

Value Investing During Worldwide Quantitative Easing [PDF] (Century Management)

みなさんは、株式がインフレのヘッジになるという考えを耳にしたことがあるでしょう。たしかにその可能性はあるのですが、ただしインフレが昂進している時期は違います。株式がインフレのヘッジになる時期はただひとつ、株を低いPERつまり8倍とか10-11倍で買ったときだけです。そうであれば、長期でみればすばらしいヘッジができるでしょう。しかしインフレが襲ってきたときに株式を高い倍率[PER]で買ってしまうと、ヘッジの効果が出始める前にたいていは40%から50%下落します。ですから高いPERで買ったときにヘッジできる[=避けられる]ものとはただひとつ、値上がり益だけだというのが私の見解です。インフレが昂進しているときの高PERは助けにはなってくれません。(p.23)

Now, you've heard the idea that stocks are a hedge against inflation. Yes, they can be but not during accelerated inflation. The only time stocks are a hedge against inflation is when you buy them at the low multiples of 8, 10, and 11 times earnings. Then they will be a wonderful hedge over the long run. But, if you buy stocks with higher multiples when inflation hits, you're most likely going to take a 40% to 50% hit before you start getting the hedge. So, in my opinion, the only thing that higher multiples hedge is capital gains. Higher multiples are not a help when you have accelerated inflation.

コモディティー[商品]を個別にみると、現時点で買える領域に入っているものがいくつかあると考えています。そのうちのひとつがシルバー[銀]です。歴史的に見ると、シルバーはピークの値段からおよそ77%下落しています。現在は1オンス[約30g]当たり19ドル前後で、高値から63%の下落です。これは調べてみる価値があると思います。さらに下落するようであれば、ドルコスト平均法でシルバーを買うことを検討されたらどうでしょうか。これはそっと足を踏み入れられるたぐいのものです。ただし、必ずしもお勧めするわけではありません。値段が下がれば検討する価値があると思われるものを示しているだけで、数ある例のひとつにすぎません。そしてポートフォリオに加える前には、納得できるまでご自分で調べることが不可欠です。(p.29)

Now, when looking at the individual commodities, we think a couple of them today are coming into the buy zone, and one of them is silver. Historically, silver goes down approximately 77% from its peak. Today, at +/- $19 per ounce, it's down about 63% from the top. So I think it's worth researching, and if it were to drop in price from here, I think you could consider a dollar cost averaging approach to silver. It's the kind of thing that you could start to tiptoe into. I'm not necessarily recommending it. I'm just giving you an idea as I think it's worth looking into if the price drops further. But this is just one of many examples. You need to do your own homework to get comfortable with it before putting it into your portfolio.

さてここまでの話で、常に柔軟に考えつづけることやコモディティーを使ってインフレをヘッジするやりかたを示してきました。しかし長期で見たときに最善の投資先がコモディティーだとは信じていません。その理由は図35をみればわかります。

図中の下側の線がコモディティーを示しています。一方、上側の線はダウ工業平均です。1971年に100ドルをコモディティーへ投資すれば、2014年には580ドルになっていました。これは悪くない増えかたです。しかし株式市場へ投資していれば、現在は2,700ドルになっています。この単純な例をみても株式市場が、短期でみれば破壊的な下落に見舞われる可能性があるものの、長期でみるとまさにいるべき場所だというのがわかると思います。(p.30)

[図35: CRB (商品) 対 Dow (人の成した創意工夫)]

While I have shown you how to remain flexible in your thinking and how to hedge against inflation by using commodities, I don't believe that commodities are the best place to invest over the long run. Chart 35 shows you why.

The bottom line on the chart represents commodities. The top line on the chart represents the Dow Jones Industrial Average. You can see if you had invested $100 in commodities in 1971, you would have $580 in 2014, which is not a bad increase. However, had you invested in the stock market, you would have $2,700 today. You can see by this simple example that, over the long run, the stock market is the place to be, even though it can go through disastrous declines in the short run.

2014年6月28日土曜日

ダーウィンのように一歩一歩進む(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの(再考)世知入門、26回目です。チャーリーからのはげましの言葉です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> 判断について、もう少しお聞きできればと思います。おはなしの中で、心理学の教科書にでてくる理にかなったものから最良の原則15,16件をものにするようにとのことでしたが...。

<マンガー> そういったものは明らかに重要で正しいものです。それはそうですが、明らかに重要ながらも本には載っていないものが他にあるので、それらも挿し込みます。それでシステムができます。

<質問者> そうですね。ただ、わたしにとっての問題はその前の段階のようで、つまり明らかに正しいのはどれなのかを決める方法です。どうやら、そちらの質問のほうをお聞きすべきでした。

<マンガー> いやいや、そのむずかしさを過大評価していますね。たとえば人間というものは、他人がどう考えたり、何をしたかによって強く影響されるものです。またその中には無意識に生じているものもあります。この話を理解するのがむずかしいですか。[参考記事]

<質問者> いいえ、それは理解できます。

<マンガー> ならば、そういった原理をきちんと使えますよ。そしてひとつまたひとつと、同じように進めるわけです。むずかしいことはありません。

オペラント条件付け、つまり「人間はうまくいった過去の経験を繰り返す」という概念を理解するのに難儀を感じますか。[参考記事]

<質問者> ですがわたしには、すごく意味のあるものが他にもたくさんあるように思えます。そうなるとそれら同士の混線が増えてしまい、システムはあっという間にひどく複雑になると想像するのですが。

<マンガー> もし私のようにやるのであれば、多少複雑なほうがある種の楽しさを感じますよ。とことん簡単で、全部説明してほしいという人は、あらゆる答えを出してくれと要求するカルト団体にでも入会するのがいいでしょう。そういうのがいいとは思えません。世界の姿をそのまま受け入れるべきです。複雑なままの姿をです。アインシュタインはこうも見事に表現していますよ。「あらゆるものごとはできるだけ簡潔にすべきだが、必要以上にやってはならない」。

残念ながら、そういうものだと思います。たとえば要因が20個あって相互に関連しているとしたら、それをうまく扱える方法を学ぶ必要があるでしょう。世界とはそういうものだからです。しかしダーウィンがやったように、興味を傾けて一歩一歩粘り強くやっていれば、それほど難題だとは感じないでしょう。そして自分がどれだけすごいことを成し遂げられるか、やがて驚くと思います。

Q: I'd like to hear you talk a little bit more about judgment. In your talk, you said we should read the psychology textbooks and take the fifteen or sixteen principles that are best of the ones that make sense…

The ones that are obviously important and obviously right. That's correct…. And then you stick in the ones that are obviously important and not in the books - and you've got a system.

Q: Right. My problem seems to be the prior step, which is determining which ones are obviously right. And that seems to me to be the more essential question to ask.

No, no. You overestimate the difficulty. Do you have difficulty understanding that people are heavily influenced by what other people think and what other people do - and that some of that happens on a subconscious level?

Q: No, I don't. I understand that.

Well, you can go right through the principles. And, one after another, they're like that. It's not that hard….

Do you have any difficulty with the idea that operant conditioning works - that people will repeat what worked for them the last time?

Q: It just seems to me like there's a lot of other things out there, as well, that also make a lot of sense. The system would quickly get too complicated, I imagine - as a result of too much cross-talk.

Well, if you're like me, it's kind of fun for it to be a little complicated. If you want it totally easy and totally laid out, maybe you should join some cult that claims to provide all the answers. I don't think that's a good way to go. I think you'll just have to endure the world - as complicated as it is. Einstein has a marvelous statement on that: "Everything should be made as simple as possible, but no more simple."

I'm afraid that's the way it is. If there are twenty factors and they interact some, you'll just have to learn to handle it - because that's the way the world is. But you won't find it that hard if you go at it Darwin-like, step by step with curious persistence. You'll be amazed at how good you can get.

2014年6月26日木曜日

2014年バークシャー株主総会;バークシャー・モデルの強み

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2014年5月に開催されたバークシャー・ハサウェイの年次株主総会から、コングロマリット企業の話題です。引用元トランスクリプトの場所は、前回と同じようにこちらの過去記事をご参照ください。(日本語は拙訳)

<質問28:キャロル・ルーミス> バークシャー弱気派をさがしていましたが、無意味でしたね[今年の株主総会に出席してもらうつもりだった]。わたしはバークシャーを弱気には考えていませんが、一般にコングロマリットは特にいい商売というわけでもありません。その意味で後継者の方がうまくやれる確率は好ましくないように思いますが、どうでしょうか。

<バフェット> 異種混合のビジネスがずっと成功してきたように、実際にアメリカではこのモデルはうまく機能してきました。ダウ・ジョーンズ[工業平均銘柄]をひとつの実体とみれば、つまり100年以上にわたって構成が変化してきた企業群ととらえると、その指数が66から11,000まで上昇したことはうまいモデルであると暗示しています。ただしすべての会社がひとつの経営陣に率いられていないのは、そのとおりです。良いビジネスを一群として保有するのは良い考えです。リットン・インダストリーズ社やガルフ&ウェスタン社は、連続買収という考えをもとに築かれました。株式をPER20倍の値段で発行し、その資金で別の企業をPER10倍で買収したのです。チェーン・レターの仕組み[ネズミ講など]によって、おつむの弱い人たちを使役するやりかたですね。一方、わたしたちの事業計画は妥当だと考えています。分散された事業群を有し、資本構成も保守的です。資本主義とは資本を割り振るための体制です。当社の仕組みにおいては、税金の影響を受けずに資本を配分することができます。[得られた]資本を有効に活用できる場所へと振り向けられるわけです。そのような好状況にある人は他にはいません。たしかにそうだと思います。しかし株を吊り上げたいからではなく、事業という観点での原理原則に従うべきです。コングロマリットには株価吊上げの技を使ったり、連続買収・株式発行をやるところもありました。株式発行をくり返してチェーン・レター騒動を続けるならば、いつか終わりがやってきます。

<マンガー> コングロマリットのやりかたで失敗したことと我々では、違いがいくつかあります。買収したい企業がみつからなければ、保険事業のポートフォリオとして投資に回す別の案が選べます。それから、無理にでも買おうとは考えません。メロン兄弟は50-60年間にわたって非常にうまくやっていました。我々とよく似ていますね。我々はガルフ&ウェスタン社のような一般的なコングロマリットではなく、メロン兄弟の活躍が永続するようなものです。

<バフェット> やっと、いいことを言いましたね(笑)。

Q28: CL: You have been looking for bear, but that is silly. I'm not a bear on Berkshire. But conglomerates have not worked particularly well. But probabilities not favorable that successors will have it work well.

WB: Model has worked well for America actually, as disparate businesses have done well over time. Dow Jones as one entity, as a changing group of companies over a 100 year period. Seeing the index rise from 66 to 11,000 suggests it is good model, although agree that it is not all under one management team. Owning good business group is good idea. Litton Industries, and Gulf & Western, they were put together on idea of serial acquiring: issuing stock at 20x to buy businesses at 10x. It is an idea of fooling people to ride on a chain letter scheme. I think our business plan makes sense. Group of diversified businesses and conservatively capitalized. Capitalism is about allocation of capital. We have system where we can allocate capital without tax consequences. We can move the capital to where it can be usefully employed. No one else better situated, and it makes good sense, but must be applied with business principles instead of stock promotion principles. And some conglomerates were stock promotion techniques, and were serial acquirers and issuers of stock. If issuing stock continuously, chain letter game goes on, that does come to an end.

CM: There are a couple differences between us and the failures in the conglomerate model. We have an alternative when there are no companies to buy, as we have the insurance portfolio to invest. And we feel no compulsion to buy. Mellon Brothers did very, very well for 50‐60 years, they were a lot like us. We are not a standard conglomerate like Gulf & Western. It is as if Mellon brothers had gone on forever.

WB: Now you're talking. [laughter]



2014年6月24日火曜日

きわめて強力な教育訓練体系のつくりかた(チャーリー・マンガー)

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1998年に行われたチャーリー・マンガーの講演「学際的能力の重要性」の3回目です。チャーリーの話は秀逸なものばかりですが、今回はその中でも指折りの内容です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

おのずと次のような3つめの疑問が浮かびます。「現在は何を目標とすればよいか。第一級の教育において、学際性を最高の域まで高めるのに不可欠な性質とは何か」。この質問も簡単ですね。もっとも成功している狭い領域での教育状況を調べて、欠かせない要素を特定し、それらを拡大して適切な解決策へと導けばよいだけです。

その際に、ぴったりのお手本となる狭い領域をさがす先は、学校教育のような脅威にさらされていない場所ではありません。そのような場所は、先に述べた非生産的な2つの心理的傾向や他の悪い影響によって強く動かされています。そうではなく、教育によって得られる効果が大きいほどやる気がいっそう高まり、学んだ結果が測定されているも同然の場所をさがすことです。この論理に従ってたどりつく場所とは、すなわち「現代のパイロットに課されている、大成功をおさめてきた教育」です。(そうです。パイロット訓練のことを熟慮するようになれば、偉大なるハーバードがもっとよくなること請け合いだと示唆しているわけです)。他の職業と同様に航空機を操縦する際にも、「かなづちしか持たない傾向」によって生じる悪影響は重大な危険因子のひとつと考えられています。危機に直面したパイロットが「危機その1」しか知らないからといって、「危機その1」が起きたとは判断・対処してほしくありません。ですからそれも含めた上で、パイロットの訓練は以下の6つの厳格なシステムに基づくことが要求されています。

1) 正規の教育として網羅する範囲には、操縦中に有用だと考えられる事実上すべてのものを含むこと。

2) パイロットに必要とされる事実上すべての知識は、単に一度や二度の試験に合格できればよい程度に学ぶものではない。そうではなく、身につけたあらゆる知識は実際の現場で淀むことなくさっと思いだせること。2つあるいは3つの危機が重なって到来した際にも、同様に対応できること。

3) あらゆる優れた代数学者と同様に、あるときは順方向、またあるときは逆方向に物事を考えること。起こってほしいと願うことに最大限集中すべきはいつなのか、あるいは起きてほしくないことを避けるのに最大限集中すべきはいつなのかを学ぶこと。

4) 訓練に時間を費やすべき各対象は、将来起こりうる機能不全から生じる被害を最小限にとどめるためのものであること。訓練を受ける者が達成すべきもっとも重要なこととして、訓練内容をほとんどすべて習得し、この上ないほどに淀みなく実行できること。

5) いついかなるときにも、定型作業として「チェックリスト」を使った確認を必ず行うこと。

6) 所定の訓練を修了した後でも、知識を維持していくために設けた特別な確認作業を定期的に実施するよう義務づけること。たとえば、稀だが重要な問題に対処する際に必要な能力が衰えてしまうのを防ぐために、飛行シミュレーターを利用する例が挙げられる。

適切なること明白な6つの要素からなるこのシステムは、イチかバチかの性格が強い特定の領域では強く要求されており、人間の精神が持つ深層構造に根ざすことから必要とされるものです。だからこそ、さまざまな領域にわたる問題を解決するために必要な教育には、それらすべてを含むだけでなく、各要素が十分に拡張されていることを期待すべきでしょう。そうとしか考えられません。

そして昼のあとには夜がつづくように、鷹が鷹を産むことをめざす第一級のさまざまな領域にわたる教育に基づいて最高の結果を得るには、学際性が広大な範囲まで行きわたることが必要になります。その際には、営々と維持され実践を積み重ねてきたあらゆる能力が、必要に応じて淀むことなく発現されます。その能力のひとつ、学問領域の境界をまたいで行われる総合は、強力な力をもっています。さらにその学際性は、もっとも必要とされる場所でこの上なく流れるように発揮されます。順逆両方向から考えるやりかたは、代数でやる逆転の方法を思い起こす形で使われます。そして「チェックリスト」を使った定型的な確認作業は、知識体系の一角を恒久的に占めることとなります。さまざまな領域にわたる世知を築くには他のやりかたはありませんし、これより楽な方法もないでしょう。それゆえに、この作業の幅が広大であることをはじめて認識した時には、これは至難の業だとおじけづくかもしれません。

しかしあらゆる事情を考慮すれば、次の3つの要因を念頭におくことでこの作業が不可能からほど遠いものであることがわかります。

The natural third question then becomes: What is now the goal? What is the essential nature of best-form multidisciplinarity in elite education? This question, too, is easy to answer. All we have to do is examine our most successful narrow-scale education, identify essential elements, and scale up those elements to reach the sensible solution.

To find the best educational narrow-scale model, we have to look not at unthreatened schools of education and the like, too much driven by our two counterproductive psychological tendencies and other bad influences, but, instead, look where incentives for effective education are strongest and results are most closely measured. This leads us to a logical place: the hugely successful education now mandatory for pilots. (Yes, I am suggesting today that mighty Harvard would do better if it thought more about pilot training.) In piloting, as in other professions, one great hazard is bad effect from man-with-a-hammer tendency. We don't want a pilot, ever, to respond to a hazard as if it was hazard "X" just because his mind contains only a hazard "X" model. And so, for that and other reasons, we train a pilot in a strict six-element system:

1) His formal education is wide enough to cover practically everything useful in piloting.

2) His knowledge of practically everything needed by pilots is not taught just well enough to enable him to pass one test or two; instead, all his knowledge is raised to practice-based fluency, even in handling two or three intertwined hazards at once.

3) Like any good algebraist, he is made to think sometimes in a forward fashion and sometimes in reverse; and so he learns when to concentrate mostly on what he wants to happen and also when to concentrate mostly on avoiding what he does not want to happen.

4) His training time is allocated among subjects so as to minimize damage from his later malfunctions; and so what is most important in his performance gets the most training coverage and is raised to the highest fluency levels.

5) "Checklist" routines are always mandatory for him.

6) Even after original training, he is forced into a special knowledge-maintenance routine: regular use of the aircraft simulator to prevent atrophy through long disuse of skills needed to cope with rare and important problems.

The need for this clearly correct six-element system, with its large demands in a narrow-scale field where stakes are high, is rooted in the deep structure of the human mind. Therefore, we must expect that the education we need for broadscale problem solving will keep all these elements but with awesomely expanded coverage for each element. How could it be otherwise?

Thus it follows, as the night the day, that in our most elite broadscale education wherein we are trying to make silk purses out of silk, we need for best results to have multidisciplinary coverage of immense amplitude, with all needed skills raised to an ever-maintained practice-based fluency, including considerable power of synthesis at boundaries between disciplines, with the highest fluency levels being achieved where they are most needed, with forward and reverse thinking techniques being employed in a manner reminding one of inversion in algebra, and with "checklist" routines being a permanent part of the knowledge system. There can be no other way, no easier way, to broadscale worldly wisdom. Thus the task, when first identified in its immense breadth, seems daunting, verging on impossible.

But the task, considered in full context, is far from impossible when we consider three factors:

2014年6月22日日曜日

わたしの目標(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが1994年にネブラスカ大学でおこなった講演その26です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> 全米一の大金持ちになった今では、バフェットさんの次の大きな目標は何ですか。

<バフェット> そうですね、株主総会でも言いましたが、今の目標は全米の男性の中で最年長になることです。葬儀の時に言ってほしいのはそれだけです。「なんと、彼はずいぶん長生きしたんだね」と言ってほしいのです。それから、今やっていることをなるべくずっと続けていきたいです。ゴルフのハンデを5打減らしたいといった特別な願望はありません。自然にはそうならないですし、それに時間をかけるつもりもありません。わたしにとっては大差ないことです。他のことと同じように、現在のレベルで楽しんでやれるぐらいの力はあるだろうと思っています。本当に、まったく、これっぽっちも、他に目標などありません、これまでやってきたことをこれからもやっていけるだけ元気でいられれば、それでいいのです。

Q. Mr. Buffett, after being the richest man in America, what are your major goals now?

A. Well, as I said at the Annual Meeting, now my goal is to be the oldest man in America. That's all I want said at my funeral. I just want someone to say, "My God, he was old!" I just want to keep doing what I'm doing, as long as I can. I have no desire to bring my golf handicap down five strokes particularly; it won't go down there by itself, and I'm not going to spend time to do it. It doesn't make that much difference to me. I feel like I can have as much fun doing what I do at this level as anything else. I really, really, really have no goals other than to stay healthy enough to keep doing the same thing I've been doing.


<質問者> 質問が2つあります。ひとつめは、この国における2大政党体制の将来についてどう思いますか。ふたつめは、1996年の大統領選でコリン・パウエル氏の立候補はどうだと思いますか。

<バフェット> ご存知のように、政党の独自性や支持層は過去に大きく変化しました。おそらくわたしは、どちらの所属でもおかしくないという点で典型だと思います。しかし政党がそれほど重要なものだとは考えていません。他の候補者より劣ると思われる人に投票することを強制するような党議拘束や忠誠心は、たしかにありません。その点で、テレビがもたらしてきた影響は多大だったと思います。今の政党は今後も続いていくと思います。消滅したり、分裂する可能性が高いとは思っていません。

コリン・パウエルのことは、彼がすばらしい人だとしか知りません。個人的には存じていませんが、あきらかに傑出した人物です。しかしさまざまな問題について見解を述べはじめると、だんだん人気が落ちていくのではないでしょうか。それが政治というものです。ある問題について賛否のどちらなのか明言すべきときがやってくると、支持者は急激に減りはじめます。しかし、個人としての品格という面では彼は最上級の人物だと考えたいですね。多くの問題に対して彼がどのような見解を持っているのか、実のところわたしにはわかりません。しかし、来年あたりには誰もがそれを知るようになるかもしれません。

Q. I have a two-part question. Number one, what do you think about the future of the two-party system in America? And, number two, what do you think about the candidacy of Colin Powell for President in '96?

A. Well, what has happened, as you know, is that party identifications and loyalties have changed dramatically. I'm probably typical in that I may be registered one way or the other, but I don't really think much about that. Certainly there is no party discipline or loyalty that can be called upon to get me to vote for somebody whom I think is inferior to another candidate. I think television has contributed to that very substantially. I think the parties will continue along; I don't think they will disappear or splinter in all likelihood.

Everything I know about Colin Powell is good. I do not know him personally. He is clearly an outstanding human being. If he starts offering his opinions on various subjects, his popularity will tend to diminish because that's the nature of politics. When you have to say whether you are for or against something, you start losing people pretty fast. But, in terms of the quality of that individual, I would think he would be first-class. I have no idea really what his views are on a lot of subjects. We may learn in the next year or so.

2014年6月20日金曜日

海軍式のすぐれたところ(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの(再考)世知入門、25回目です。1件の質問に対して、チャーリーの返答は延々と続きます。あとのほうに出てくる話題は以前の投稿でも登場していますが、講演時期は本講演のほうが先です。なお、前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> しかし企業が決定を下す際に、失敗や責任を恐れてリスクの大きい投資に二の足を踏むほうへ変化した様子を目の当たりにしたり、経験したことがありますか。

<マンガー> 私が経験した唯一の事例では、ウォーレンではない別の友人がいっしょでしたが、私はその会社の最大株主の部分所有者でした。そこでは、ケブラーか何かを素材とした警官用の新型ヘルメットを考案していました。彼らはそれを我々に披露し、製造したいと要求しました。

イデオロギーの問題としては、我々は警察という存在を強く支持しています。社会には警察組織が必要だと信じているからです。しかし、あまりにも多くの未亡人や孤児を警官が不必要にうみだしているという見方は信じられません。ともあれ、改良された警官用ヘルメットという考えは気に入りました。

ところが、我々はそれを一瞥してから発明者に対してこう言いました。「私たちの会社には資金が十分にあります。しかし警官用の改良型ヘルメットを製造する余裕はありません。これこそ、現代社会がどのように動いているか示しているのですよ。つまり、あらゆるリスクを考慮すると私たちにとっていい話ではない、ということです。ただ、社会がそのようなものを手にしてほしいとは願っています」。

「だから、社会のためにそのヘルメットを大いに販売しようとは私たちは考えていません。どこかよそで作ってもらいなさい。作れるところに対して技術などを移管するのです。私たちはやるつもりはないですからね」。

そういうわけで、新型ヘルメットを配らないことによって警官を不利にすることはありませんでした。しかし我々の手では製造しないことに決めました。

社会が発展していくと、周囲で金を持っているのが自社だけになった場合、それは悪いビジネスとなることがあります。たとえば高校のアメフトでは、対麻痺[下半身不随]や四肢麻痺はときに避けられません。しかし事故が起こった場合、負傷した人が訴えるのにふさわしい資金に余裕がある者は、ヘルメット・メーカー以外にどこがあるでしょうか。だれもが悲しみ、負傷者はひどい状態だとすれば、メーカーにとって法廷は危険な場所となるでしょう。

我々のいるような社会において、お金のある大企業のうちでアメフトのヘルメット製造をやれるほど賢明なところは、ほとんどありません。たぶん、ヘルメット・メーカーを簡単には訴えられないようにすべきなのでしょうね。

別の話になりますが、私の知り合いで、奥さんと良好な関係を築いている2人の医者がいました。しかし医療過誤の保険料がかなり高額になったことで、彼らのどちらもが離婚しました。ただし、ほぼ全財産を奥さんのほうへ移したのです。その後、彼らは以前と同じように医療行為をつづけたものの、医療過誤保険から抜けた点は違いました。

このような社会に対して、彼らは怒りを覚えていました。しかし、うまく振舞う必要がありました。どちらの医者も奥さんを信用していたので、先ほど述べた道をえらびました。そしてその後は医療過誤保険はまったく契約しませんでした。

移り行く訴訟環境に応じて、人は適応するものです。さまざまやりかたがあります。これまでもそうでしたし、これからも同じことがつづくでしょう。

私が個人的にもっとも嫌悪しているのは、容易に詐欺を働くことのできるシステムです。カリフォルニア州におけるカイロプラクティックの全売上げの半分以上は、おそらく純粋な詐欺によるものです。たとえば、せわしい環境で暮らす私のある友人が、自動車を運転していたときにちょっとした衝突事故に遭いました。ところが交差点からまだ離れてもいないのに、カイロプラクティック術者2名と弁護士1名から名刺を渡されました。彼らはムチ打ちを作り出す商売で食っているのですね。

ランド研究所の統計資料によれば、カリフォルニアでは他の多くの州とくらべて事故1回あたりの怪我の件数が2倍になることが示されている、と私は信じています。しかし、実際には2倍には達していないはずです。残り半分は詐欺です。他のみんながやっているだろう、と思えることを単に実行しているのです。それで問題ないだろう、と考えているわけですね。そんなものをまぎれ込ませるとは、なんともひどい話です。

もし私がこの社会を運営できるとしたら、ストレスに対する補償金は労災からは出しません。業務上のストレスがないからではなく、ストレス補償を認めれば、業務上のストレスによって実際に障害を受けながらも補償されない人が何人か出た場合とくらべて、差し引きした正味でみたときに社会に対して害をもたらすからです。

私が好んでいるのは海軍のやり方です。もしあなたが海軍の艦長だとして、24時間勤務を務めた後に睡眠をとることになり、厳しい状況ながらも有能な副官に指揮を任せたとします。ところが彼は艦を座礁させてしまいました。あなたの過失ではないことは明らかですが、軍法会議にはかけられないものの、海軍におけるあなたの経歴はこれでおわりです。

「それは厳しすぎます。ロー・スクールではそうしないし、デュー・プロセス[法的な手続き]もないですよ」、そう言いたいかもしれません。しかしその状況では、海軍式のやりかたのほうがロー・スクール式よりも優れています。状況が厳しいときにはきちんと注意を払うこと。海軍式では、まさしくそれを強制しています。弁解のきかない局面だからです。

なぜ艦が座礁したのか、経歴が終わりになるのか、それは問題ではありません。艦長の過失がどうとか、だれも気にかけません。あらゆる影響を考慮して全体の利益のことを考えた結果、我々が持つべきと判断された単なる規則に過ぎません。

私はその手の規則を好んでいます。そのような失敗厳禁則がいくつかあったほうが社会はうまく機能する、と思います。しかしロー・スクールあたりでは忌み嫌われているようですね。「デュープロセスがないのだから、実のところ正義を求めていないのだ」と。

しかし海軍式規則の話の中でも、私は正義を求めていました。艦船の座礁件数がより減少する、という正義です。差し引いた正味での利益を考えれば、ある艦長の人生が不公平に扱われたとしても、私には気になりません。結局のところ、軍法会議にかけられるわけではないのです。新しい仕事を見つければならないだけで、年金の受給権などもそのままです。世界が終わるわけではありません。

ですからそういうやりかたが良いと思っているのですが、そう考える私は少数派ですね。

Q: But have you seen or experienced any change in decision making at corporations in their being less likely to take on riskier investments for fear of failure or liability?

The only place I saw - with another friend, not Warren (Buffett) - (was where) I was part owner of the biggest shareholder in a company that invented a better policeman's helmet. It was made of Kevlar or something of that sort. And they brought it to us and wanted us to (manufacture) it.

As a matter of ideology, we're very pro-police. I believe civilization needs a police force - although I don't believe in policemen creating too many widows and orphans unnecessarily either. But we like the idea of a better policeman's helmet.

However, we took one look at it and said to the people who invented it, "We're a rich corporation. We can't afford to make a better policeman's helmet. That's just how the civilization works. All risks considered, it can't work for us. But we want the civilization to have these."

"So we don't maximize what we sell it for it. Get somebody else to make it. Transfer the technology or whatever to somebody who can do it. But we're not going to."

Thus, we didn't try to disadvantage policemen (by keeping them from) getting new helmets, but we decided not to manufacture helmets ourselves.

There are businesses - given the way the civilization has developed - where being the only deep pocket around is bad business. In high school football, for example, a paraplegic or quadriplegic will inevitably be created occasionally. And who with deep pockets can the injured person best sue other than the helmet manufacturer? Then everyone feels sorry, the injuries are horrible, and the case is dangerous for the manufacturer….

I think big, rich corporations are seldom wise to make football helmets in the kind of a civilization we're in. And maybe it should be harder to successfully sue helmet makers.

I know two different doctors - each of whom had a sound marriage. And when the malpractice premiums got high enough, they divorced their wives and transferred most of their property to their wives. And they continued to practice - only without malpractice insurance.

They were angry at the civilization. They needed to adapt. And they trusted their wives. So that was that. And they've not carried any malpractice insurance since.

People adapt to a changing litigation climate. They have various ways of doing it. That's how it's always been and how it's always going to be.

What I personally hate most are systems that make fraud easy. Probably way more than half of all the chiropractic income in California comes from pure fraud. For example, I have a friend who had a little fender bender - an auto accident - in a tough neighborhood. And he got two chiropractors' cards and one lawyer's card before he'd even left the intersection. They're in the business of manufacturing claims that necks hurt.

In California, I believe the Rand statistics showed that we have twice as many personal injuries per accident as in many other states. And we aren't getting twice as much real injury per accident. So the other half of that is fraud. People just get so that they think everybody does it, and it's all right to do. I think it's terrible to let that stuff creep in.

If I were running the civilization, compensation for stress in workers' comp would be zero - not because there's no work-caused stress, but because I think the net social damage of allowing stress to be compensated at all is worse than what would happen if a few people that had real work-caused stress injuries went uncompensated.

I like the Navy system. If you're a captain in the Navy and you've been up for twenty-four hours straight and have to go to sleep and you turn the ship over to a competent first mate in tough conditions and he takes the ship aground - clearly through no fault of yours - they don't court-martial you, but your naval career is over.

You can say, "That's too tough. That's not law school. That's not due process." Well, the Navy model is better in its context than would be the law school model. The Navy model really forces people to pay attention when conditions are tough - because they know that there's no excuse.

It doesn't matter why your ship goes aground, your career is over. Nobody's interested in your fault. It's just a rule that we happen to have - for the good of all, all effects considered.

I like some rules like that. I think that the civilization works better with some of these no-fault rules. But that stuff tends to be anathema around law schools. "It's not due process. You're not really searching for justice."

Well, I am searching for justice when I argue for the Navy rule - for the justice of fewer ships going aground. Considering the net benefit, I don't care if one captain has some unfairness in his life. After all, it's not like he's being court-martialed. He just has to look for a new line of work. And he keeps vested pension rights and so on. So it's not like it's the end of the world.

So I like things like that. However, I'm in a minority.

2014年6月18日水曜日

『復活を使命にした経営者』、芳井順一会長によるツムラ再生の物語

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今年に入ってからツムラ(4540)に興味を持ち始めました(株式も少し買いました)。業績の見通しが停滞気味のせいか、株価は低迷しています。その当社を知る一環として読んだのが、今回ご紹介する本『復活を使命にした経営者』です。

書店で目立ちそうのない地味な装丁の本書は、内容も地味だろうと思われるかもしれません。1990年代に入って低迷し始めた漢方薬メーカーのツムラが薄暗い10年間をくぐり抜けてここまで復活するに至った経緯を、ある人物のエピソードを中心に描いた話です。その人物が、当社の会長である芳井順一氏です。

しかし内容のほうは地味どころか、個人的には全編響くものばかりでした。芳井氏は、まぎれもなく名経営者とお呼びするのがふさわしい方だと思います。芳井氏は当初、第一製薬の営業部門に所属していました。しかしツムラ危機に際して創業者一族の風間八左衛門氏(第一製薬の当時の常務)が里帰りすることになり、風間氏に請われて芳井氏も当社に移ります。そして子会社の整理、人員削減、営業部門の立て直し、事業戦略の転換・改革・発展と、激動の20年間弱にわたって当社の経営に携わってきました。本書に登場するそれらのエピソードは悩んで考えて決断した日々を素直に記したもので、空々しく感じられるところがありません。

しかし芳井氏のすばらしい点をあえて3つだけ選べば、「戦略のしぼりこみと実行、人の心理に通じた交渉力、道義心」になると思います。仕事をこなしている中で、これらの点で悩んだりヒントを得たいと考えている方には、きっとお勧めできる一冊です。

これから本書を通読したい方には申し訳ありませんが、以下に本文から2か所だけ引用します。ご了承ください。

ひとつめは、芳井氏が第一製薬時代に営業担当として活躍した頃の話です。

私が転勤をして、初めて回った病院の医局に、『製薬メーカーMR[営業担当]の5時以降の医局への立ち入りを禁ず 院長』という貼り紙がしてありました。5時までは医局に、MRがたくさんいるのですが、ほとんどのMRは医局の隅に立ったままで医師と話をしないので、『壁の花』と呼ばれていました。

こんなことを繰り返していても埒が明かないと思い、私はその貼り紙に気が付かないふりをして、夕方5時過ぎに宿直の先生のところに行きました。先生方が戻ってこられたときに先生方の机の上にある食事を見て、『先生、これ患者さんと同じ病院食ですか』と声を掛けました。『よろしければ、この病院の前の寿司屋から、出前させましょうか』って申し上げたんです。

すると、あんた誰よ、ってことになりますよね。そこで初めて名刺を出して『実は私、担当したばっかりなんです』と自己紹介するわけです。

そこで寿司屋に電話をして寿司を持ってきてもらい、そこで医局の先生方と夜中2時、3時まで話し込むんです。『こんなにうまいものが食べられるんだったら、毎日おいでよ』という言葉がかかり、『ところで先生、今気が付いたのですが、メーカーは5時以降は訪問禁止なんですか?』って言ったら、『あれは院長だけが言っていることだから、誰も気にしていないよ。芳井君、毎日おいでよ』と言われました。

だいたい宿直の先生方が5人ぐらいいますから、毎晩それをやると、1週間で30数名。その病院の医局にいらっしゃる先生全員と会うことができ、1週間で一気に親しくなります。親しくなったら、そんなことをする必要はありません。今度は昼間に行って、先生と直接お会いして話をする。パンフレットを出して、こんなのもありますよ、とお声掛けをする。そうすれば話を聞いてくれます。そういう繰り返しでした。

当時は、明け方の3時とか4時頃に医局を出て営業車で帰宅していたのですが、辛かったというと逆でした。『日本全国のMRの中で、今ハンドルを握っているのは自分だけだろう。明日もやってみよう』という充実感がありました。これで来週からすごいものにつながっていくという喜びのほうが大きかったですね。(p.124)


もうひとつは、経営者として戦略を具体化する際の考え方についてです。

こうした芳井のビジョンは、すべてが具体的だ。聞こえのいい文言が並ぶ空疎なものではなく、そこには人を動かす力強さが秘められている。こうしたビジョンを芳井は、いつどのようにして描いていくのだろうか。

「私は物事を考えるとき、会社のことなら、10年、20年先のツムラをイメージします。そして、そこに向かって一つひとつ、会社全体のことを、どこがどうあるべきか考えます。

そして、それをもう少しショートタームで考えるのが3カ年計画です。3年先にこうありたい、と思ったら今度は3年先にそこに行くためには1年後にどうなっていないと、そこに行きつけないのかイメージします。1年先をイメージしたら、そこに到達するまでの自らの行動や組織の行動にデザインを加えていきます」

長期的なビジョンを描き、そこから逆算して行動に落とし込む。それだけなら目標達成の方法としては王道だ。しかし、芳井の場合、その方法にも独自の工夫がある。実際に手を動かすのである。

「そのために1か月後にはどのくらい進んでないといけないのかを考え、頭の中でイメージします。私は、休みの日には自分の部屋で、A4のコピー用紙を4枚並べて、そこに絵を描きます。頭の中だけで考えると、どうしても堂々巡りになってしまいます。

絵にすると具体的な考えが次々に浮かんできます。会社の将来の絵を描く。それに対して、今、妨げになっているものは何か考え、この妨げているものを取り除いていけば必ずイメージに近づいていけます。それに拍車をかけるためにはどういうことをやったほうが勢いが出るのか、それを絵に描きながら考えるのです」(p.257)


ツムラに興味を持たなかったら(たとえば株価がずっと割高だったら)、本書を手に取ることはなかったと思います。本書を通して芳井会長のことを知ることができたのは、わたしにとっては幸運でした。しかし芳井氏はあと数日で取締役会長を退任し、相談役に就任される予定です。ツムラにとっては新たな試練が始まります。

2014年6月16日月曜日

2014年バークシャー株主総会;低金利政策について

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2014年5月に開催されたバークシャー・ハサウェイの年次株主総会から、低金利政策の話題です。前回同様、引用元のトランスクリプトをご紹介した過去記事はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> 低金利[政策]によって住宅バブルが起きましたが、今回は債券バブルになるかもしれません。金利を上げることが必要だと感じていますか。

<バフェット> このような低金利がここまで長く続くとは、いったい誰に予想できたでしょう。ことがこれほどうまく進んでいるのは驚きです。今もなお、うまくいっています。わたしにも同じようにできたでしょうし、それで手柄を立てられたのに、と言いたいものです。とにかく、この件には驚いています。まるで非常に興味深い映画のようです。かつて見たことがない、終わりがどうなるかわからない映画です。危機当時とそれ以降のバーナンキはまさに英雄だったと思います。彼は非常に頭がよくて、ものごとを巧みに捌きました。2007年や2008年になってFRBの議事録が公開されましたが、それによればFRBの理事たちにはわかっていませんでした。これは興味をそそることです。どれだけ重大な事態なのか、彼らは理解していなかったようなのです。バーナンキは理事会による見解を統一できていませんでした。それでも彼は足を踏みだし、完璧と言える仕事をしました。しかし金利がずっとゼロ近くのままで規模を縮小しつつも[資産を]購入し続ければ、この映画がどのような結末をむかえるか、やがてだれもが知ることになります。

<マンガー> 日本では金利が20年間も低下し続けました。普通株も20年間下落しました。彼の国でそうなることを予想していた人はひとりもいません。おかしなことが起こったわけで、経済学者はこのことに困惑しています。ですから、バークシャーが買っている長期債はそれほど多額ではありません。

<バフェット> 当時の現金は王様でしたが、それは使ってこそのことでした。現金にしがみつく時期をみんなが間違えていたのです。その後、ゼロ金利[政策]は経済や資産価格に対して甚大な影響を及ぼしてきました。今現在の状況はバブルではありませんが、普通ではない状況ですね。

<マンガー> いや、わたしも君と同じで困惑していますね(笑)。

<バフェット> だからこそ、わたしたちはけっこううまくやってこられたのですよ(笑)。

Q27: Station 9. Toronto. Low rates have led to housing bubble, and potentially a bond bubble, do you see need for hike in rates?

WB: Who would have guessed rates this low for this long? I would say I am surprised at how well things are going. It is working well. I would like to say I would have done same thing and take credit. I was surprised. It is very interesting movie, we haven't seen before, and we don't know how it ends. I think Bernanke was a hero at time of crash and subsequently. Very smart man, he handled things very well. When minutes of Fed became available for 2007 and 2008, we saw that members of Fed were not getting it. It was fascinating. They didn't seem to understand how serious things were. He was not getting unanimous view from those around him. But he went ahead with them, and did masterful job. We will see how this movie plays out - if we keep rates close to zero for long time, and tapering but still buying.

CM: No one in Japan would have anticipated that rates could stay down for 20 years and common stocks would decline for 20 years. Strange things have happened, and it is confusing to economists. At Berkshire not many long term bonds are being bought.

WB: Cash was king, but only if you used it. People cling to cash at wrong times. Zero interest rates has had huge effect on economy and asset prices. This is not a bubble situation we are living in, but it is unusual.

CM: No, I'm as confused as you are. [laughter]

WB: That's why we get along so well. [laughter]

2014年6月14日土曜日

我々の受けた教育は十分に学際的だったか(チャーリー・マンガー)

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1998年に行われたチャーリー・マンガーの講演「専門家に学際的能力がいっそう要求される理由と、そこから学びとれる含意」(今後は縮めて「学際的能力の重要性」と呼びます)の2回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

2番目の問いも容易に答えられるので、それほど時間をかけないことにします。私たちの受けた教育はあまりにも単一学問主義的でした。「幅広い問題」とは、言葉の定義から言ってさまざまな学問領域にわたるものです。そうであれば、そのような問題に対して単一学問的に取り組むのは、コントラクトブリッジのハンドをプレイする際に手札をカウンティングするだけで、他のテクニックは一切無視するのと同じことです。「いかれ帽子屋のお茶会」のように狂ってますね。しかしそれにもかかわらず、専門家の現場ではそれと同じことが今でも非常に多く見受けられます。さらに悪いのは、ソフトサイエンスにおける孤立した各学問領域においてそれがずっと奨励されてきたことです。ソフトサイエンスとは、生物学よりも根本的ではないすべての学問が該当します。

我々がまだ若かった頃でさえも、最高水準の学者の中には、学術界を分断して縄張りを巡らせた孤立地帯に分ければひどい影響をもたらすことになる、と恐れた人たちがいました。その孤立した世界では、盲信に加えて不信心者を排除することで信念が維持されていました。一例としてアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドを挙げると、彼はずっと以前に「学術界における各分野の致命的なまでの非連携さ」について話したときに、激しい言葉で警鐘を鳴らしています。その後、第一級の教育機関ではホワイトヘッドに同調する動きが増え続け、学際的な取り組みを推進して非連携的なやりかたに立ち向かってきました。学問の境界における非連携と闘った偉大な人物、たとえばハーバードのE. O. ウィルソンやカルテックのライナス・ポーリングといった人たちは、我々の時代に絶大なる称賛を受けました。

現代の学術界は、我々が受けた教育よりもずっと学際的な内容を授けています。これは明らかに正しいことをしていますね。

My second question is so easy to answer that I won't give it much time. Our education was far too unidisciplinary. Broadscale problems, by definition, cross many academic disciplines. Accordingly, using a unidisciplinary attack on such problems is like playing a bridge hand by counting trumps while ignoring all else. This is "bonkers," sort of like the Mad Hatter's Tea Party. But, nonetheless, too much that is similar remains present in professional practice and, even worse, has long been encouraged in isolated departments of soft science, defined as everything less fundamental than biology.

Even in our youth, some of the best professors were horrified by bad effects from balkanization of academia into insular, turf-protecting enclaves wherein notions were maintained by leaps of faith plus exclusion of nonbelievers. Alfred North Whitehead, for one, long ago sounded an alarm in strong language when he spoke of "the fatal unconnectedness of academic disciplines." And, since then, elite educational institutions, agreeing more and more with Whitehead, have steadily fought unconnectedness by bringing in more multidisciplinarity, causing some awesome plaudits to be won in our time by great unconnectedness fighters at borders of academic disciplines, for instance, Harvard's E. O. Wilson and Caltech's Linus Pauling.

Modern academia now gives more multidisciplinarity than we received and is plainly right to do so.

2014年6月12日木曜日

まちがえることについて(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが1994年にネブラスカ大学でおこなった講演その25です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> バフェットさんが最初に始めたときはどのようにやったのですか。また失敗したとしたら、どのように対処しましたか。

<バフェット> 最初はどうやって始めたかですか。いろんな見方がありますね。初めて株を買ったのは11歳の時でしたが、そうする前から長いこと考えていました。父が投資の仕事をしていたので、7歳か8歳の時には昔のオマハ・ナショナル銀行ビルに入っていた彼の事務所にでかけたものでした。株価の表示板に流れる株価情報が見えなかったので、自分が近視だというのがわかりました。そうでなかったら、メガネなしでずっとやっていたかもしれません。投資のことにすごく興味があって8歳か9歳の時に投資の本を読みはじめました。1942年になってようやくお金がたまり、シティーズ・サービスの優先株を1株114ドルで3株買うことができました。その後もそうやってきました。

失敗とは自分でどのように定義するかによって違ってくると思います。人生を通していろいろ間違いをするものですが、必ずしもそれが失敗だというわけではありません。実際のところ、わたしは過去を振り返りません。自分の周りから学ぼうとはしていますが、あれこれの決断がどうだったとか、どんな間違いをやったとか、そういったことを振り返って学ぶことはしません。そんな風には全然考えません。人間なら、いろいろと間違えることがあります。しかしそれの良い点は、今後いろいろ間違ったとしてもそれでも大丈夫だということです。これは勇気づけられることです。わたしのやった間違いは年次報告書の中で書くようにしています。実際には、「今回のあやまち」と呼ばれることもあるセクションを設けています。残念ながら、そこでもほとんどの年で複数形になっています。しかしそれで世界が終わるわけではありません。みなさんも致命傷を負うことは何もしたくないでしょうから、借入金で証券を保有したいとは考えないと思います。というのは、一巻の終わりとなる可能性があるからです。前進しようとして後退したくないので、わたしは重大な金額になるほどの資金を借りたことはありません。借入金は自分の間違いを拡大させる可能性があります。そして息の根を止めるまで広がるかもしれません。しかし間違いをすることが悪いというわけではありません。自分の理解していることを取り組むべきで、それがわたしがやっていることの秘訣です。これは理解していないなと自分で思えるときには、間違えていることがあります。また他人からは見えませんが、理解できるはずのものを逃した失敗もあります。それは「見送る」という間違いで、実は大物だったこともありました。あの件の[機会]費用は何十億ドルだったなどと示せると思います。踏み切れるほどには十分わかっていたのですが、ひとつふたつの理由でそうしませんでした。幸いにも、みなさんにそれらが何かは知られていませんが。

Q. Mr. Buffett, how did you first get started and how did you deal with failure, if you had one?

A. How did I first get started? It depends. I bought my first stock when I was 11, but I'd been thinking about them for a long time before that. My dad was in the investment business and I used to go down to his office in the old Omaha Netional Bonk building when I was seven or eight years old. I found out I was near-sighted because I couldn't read the quotations up on the stock board; otherwise I might have gone through life without glasses. I just got very interested in it. I started reading books on it when I was eight or nine and then I finally saved enough money to buy three shares of Cities Service preferred for $114 in 1942, and then I just kept doing it.

Failure depends on how you define it. A lot of things go wrong in life, but that doesn't necessarily mean that they're failures. I really don't look back. I try to learn from what I see around me, but I don't try to learn by going back over this decision or that decision or what did I do wrong or the sort. I don't think about that at all. You can make a lot of mistakes. The nice thing about it is you're going to make a lot of mistakes and still do very well. That's the encouraging thing. I write about my mistakes in the report. In fact, I have a section sometimes called "mistake du jour" and unfortunately it's plural most years, too. It's not the end of the world. You don't want to make any ones that are fatal. You do not want to own securities on borrowed money because that can wipe you out. I've never borrowed money of any significant amount because I just didn't want to go back to go. Borrowed money can magnify your mistakes, and it may magnify them to the point where they wipe you out. But, there's nothing wrong with making mistakes. You should try to pick things that you understand. That is the key to what I do. Occasionally I may make a mistake when I think I understand something I don't. Another mistake that you don't see is when I pass up something that I'm capable of understanding. Those are mistakes of omission and sometimes they have been huge. I could point to mistakes like that which have cost us over a billion dollars. I knew enough to do something but for one reason or another, I didn't. Fortunately, people don't see those.



2014年6月10日火曜日

フィドルを奏でて喜ぶ葬儀屋(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの(再考)世知入門、24回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> 株主訴訟などで裁判沙汰になる恐れや法務上の複雑さは、一般的に言って大企業が意思決定する際にどのような影響を与えるものでしょうか。

<マンガー> どの大企業でも法務にかかる費用には悲鳴をあげています。規制の多さや事業継続に関する煩雑さ、原告弁護団、特に集団訴訟の原告弁護団に悩まされています。つまり、ある企業があげる嘆き声を別の企業へとほとんど文言を変えることなくコピーできるような、絶対的なカテキズム[教理問答]が存在しているのです。

しかし悲鳴を生じさせる元は、法律事務所にとっていくぶん棚ぼたと言えるものでした。巨大事務所は長く続く上昇気流をつかんだのです。いまや彼らの振舞いは、疫病に際して葬儀屋が嘆き悲しむようなものです。当然のことですが、疫病の流行る中で葬儀屋がフィドル[ヴァイオリン]を奏でて飛び跳ねたりすれば、罰当たり者だと思われるでしょう。だから法律事務所のパートナーもこう言うわけです。「まったくもってこの煩雑さや訴訟ごと、不公平さと言ったら、悲しくないなどとは考えられませんね」。

しかし実際のところは、彼らはこの件で矛盾したところがあります。彼らには非常に喜ばしいことですからね。カリフォルニアで最近起きた住民投票では、興味ぶかい行為がみられました。被告弁護団の一部が人目を集めないように、いくつかの修正案に反対するロビー活動をしたのです。基本的には彼らのクライアントの意向に逆らうものだったので、その最中にクライアントから問い質されたくないと考えていました。実は原告側が訴訟を起こしにくくなっていたために、彼らはそのような行動をとったのです。

現在係争中のoverreaching[不動産の信託受益権に関する用語か?]があって、それゆえに子供たちを学校へ通わせていられるとします。一方で、別の人がそれを抹消するシステムを提案してきます。これはまさに大人として向かい合い、選択しなければならないことです。

大企業は適応しています。訴訟の数は増えており、法務の部署も拡大せざるを得ません。やりたくないことに対して悲鳴をあげているものの、彼らは適応しています。

<質問者> しかし過去何十年間をふりかえれば、企業の資源をここまで大量に費やすほど法務が複雑だったことはなかったと思いますが。

<マンガー> そのとおりです。20年前とくらべたときに、訴訟や数々の規制に関するコンプライアンスに当時よりも費用をかけていないアメリカ企業など、ほとんど存在しないでしょう。新たな規制には、おろかで馬鹿げたものもたしかにあります。しかし、まさしく必要なものもあります。満ち引きはあるにせよ、この潮流はこれからも変わらないと思います。

Q: Would you discuss how the threat of litigation - shareholder lawsuits and so forth - and legal complexity in general have affected decision-making in big business?

Well, every big business screams about its legal costs, screams about the amount of regulation, screams about the complexity of its life, screams about the plaintiffs' bar - particularly the class action plaintiffs' bar. So there's an absolute catechism on that where you could just copy the screams from one corporation to another and you'd hardly have to change a word.

But what causes the screams has, so far, been a godsend for the law firms. The big law firms have had a long updraft. And they now tend to kind of cluck like an undertaker in a plague. An undertaker, of course, would look very unseemly if he were jumping up and down and playing his fiddle during the plague. So law firm partners say, "Oh isn't it sad - all this complexity, all this litigation, all this unfairness."

But, really, they're somewhat schizophrenic on the subject because it's been very good for (them). Some recent California initiatives created some interesting conduct. Part of the defense bar lobbied quietly against certain propositions and, effectively, against their clients because they didn't want their clients to catch' em in the process. And the reason that they did so was because it became harder for plaintiffs to bring cases.

If you make a living fighting overreaching and it keeps your children in school and somebody proposes a system that eliminates it - well, that's an adult experience and an adult choice that you have to make.

So big corporations adapt. They have more litigation. They have to have a bigger legal department. They scream about what they don't like. But they adapt.

Q: But hasn't that legal complexity consumed a lot more of companies' resources over the last few decades?

The answer is yes. There's hardly a corporation in America that isn't spending more on lawsuits and on compliance with various regulations than it was twenty years ago. And, yes, some of the new regulation is stupid and foolish. And some was damn well necessary. And it will ever be thus, albeit with some ebb and flow.

2014年6月8日日曜日

バフェットとの昼食で学んだこと(モーニッシュ・パブライ他)

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ウォーレン・バフェットとの昼食権をかけた今年のチャリティー・オークションに決着がついたようです(Omaha.comの記事など)。今回ご紹介するのはそれとは別の記事で、過去にウォーレンとの昼食を高額で競り落とした人たちのコメントを取りあげたものです。ここではその一部を引用・和訳します。

Best Things About Having Lunch With Warren Buffett (ABC News)

1. モーニッシュ・パブライ

パブライは思い出して言った。「彼はこう話してくれました。人には2通りの生きかたがある。ひとつは他人がどう考えているかを気にする、つまり他人からの評価を成績とする生きかたで、もうひとつは自己評価を成績にする生きかただ、と。そして彼は、あなたならどちらを選ぶかと聞いてきました。世の中で一番の愛想良しだが[能力は]最低とみなされるのがよいか、あるいは一番の不愛想ながらも最高の人物とみなされたいのか」。

「ウォーレンは紛れもなく『自己評価派』です。自分がくだしたさまざまな決定や生活の一面に対して他人がどう考えようと、彼は気にしていません。彼は自分が正しいと考えたことを実行しています。たとえそれが短期的に不人気だとしてもです」。

「彼についてはさまざまな本で書き記されてはいます。しかし『自分と他人のどちらの評価を指針とするか』の資質は、彼にとっては非常に大切なことなのだと感じとれました。それは彼がとても気にしている大切な特質であり、人生に対して大きな影響を与え、どのように成功できるかに関わるものです」とパブライは言った。

1. Mohnish Pabrai

Pabrai recalls: "He said, 'You can live your life in two ways: with an outer scorecard - in which you care what other people think, or you can live your life with an inner score card.' He asked, 'Would you prefer to be greatest lover in the world but known as the worst, or would you prefer to be the worst lover in the world, but be known as greatest?'

"Warren is completely and totally 'inner scorecard.' He doesn't care what other people think of many of his decisions and facets of his life. He does what he thinks is the right thing to do, even if, in the short term, it's unpopular.

"It's documented in books about him, but I sense that this inner-outer scorecard attribute is very important to him. It's an important trait he cares a lot about, and it has a huge impact on your life and how successful you are," Pabrai said.


5. ケン・シュービン・スタイン

「配偶者選びや投資に踏み切る判断、あるいは友人やともに仕事をする仲間を選ぶ際には、成功を導くカギとなる要因が何かを見極め、それがうまくいくように専念することが欠かせません」と彼は言った。「たとえば投資においては、企業のビジネスモデルや競争優位性、経営陣は誠実かつ有能で株主を重視しているか、そして価格は適切かどうか。それらに焦点を合わせることが大切だと彼は話してくれました。また友人を選ぶには、人生において励ましてくれ、自分を高めてくれる人がいいとの忠告をうけました」。

バフェットは「自分の時間を好きなことに使えるように、非常に注意深く生活を組み立てている」とのこと。その中には文章を読んだり、興味を持っている人たちと話をすることが含まれている一方、自分が楽しくなれないものごとや人物には近寄らない、とシュービン・スタインは言った。

5. Ken Shubin Stein

"Whether it is choosing a spouse, deciding about an investment, or choosing your friends and those you associate with, it is imperative to figure out what the key factors are that success depends on, and focus on getting those right," he said. "For example, with investments, he has talked about the importance of focusing on a company's business model and its competitive advantages, honest and able management that is shareholder friendly, and the right price. For friends, he advised picking friends who lift you up in life and make you better."

Buffett is "very careful about structuring his life so he can spend his time doing what he loves," which often involves reading and talking to interesting people, Shubin Stein said, and he avoids things and people that don't contribute to his happiness.


パブライ氏については何度か取り上げていますが、以下の記事は強く印象に残っています。
共食いをさがせ

2014年6月6日金曜日

(続)清算価値による評価(セス・クラーマン)

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マネー・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』から、清算価値の話題がつづきます。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

危機に際していなければ事業を整然と終結しやすくなるため、清算から最大限の収入を得ることができる。整然と進む清算では、流動資産を処分することで得られる価値は、ほぼ簿価に近いものとなる。現金はいかなる清算分析においても額面満額で評価する。有価証券は市場価格から想定売却手数料を減じた金額で評価すべきである。売掛金は簿価に近い金額で算定される。在庫については、プログラムが書き込まれた何万枚ものフロッピーディスクや、何十万足もの紫色のスニーカー、はたまた何百万本ものチューインガムなどの換金価値を容易には決定できないので、簿価より低く評価したほうがよい。その際の割引率は在庫の種別、つまり完成品か仕掛品か、あるいは原材料のいずれかによって異なってくる。技術面やファッションの面で廃れるリスクがあるかどうかも関係する。スーパーマーケットの在庫であれば、価値が大きく変動することはない。しかしコンピューターがぎっしりの倉庫の価値となれば、まちがいなくそうなるとみてよい。そして当然のことながら、清算時に在庫を売却するときは、普通に顧客へ販売するときとくらべて少ない収入しか得られないのが通例である。

企業における固定資産の清算価値は決定しがたいこともある。たとえば工場や設備の価値は、現状のまま利用する場合のほかに他の利用方法も想定した上で、どれだけの現金を創出できるかにかかってくる。ある種の機械や設備は汎用性が高く、広く所有されている。しかし現所有者にしか価値を見いだせないものもある。たとえば、レストランで使われる設備の価値は年季の入った製鉄所よりも速やかに決めることができる。

企業の清算価値を概算する際に、バリュー投資家はベンジャミン・グレアムを模倣して「ネット・ネット運転資本」を計算する近道を使う。「ネット運転資本」[=正味運転資本]とは、流動資産(現金、市場性証券、売掛金、在庫)から流動負債(買掛金、短期借入金、未払い税金といった1年以内に支払う義務のあるもの)を減じることで計算できる。そして「ネット・ネット運転資本」の定義は、「正味運転資本」からすべての長期負債を減じたものである。企業に継続事業としての価値がほとんど残っていない場合でも、「ネット・ネット運転資本」未満の値段で買う投資家は、流動資産から清算価値へまわる分によって保護されることになる。運転資本が過剰に過大評価されておらず、現金が急速に減少する状況でなければ、企業は自社の資産を現金化してすべての負債を返済した上で、市場価格より超過した分を投資家へ還元することができる。しかし継続中の事業が赤字だと、「ネット・ネット運転資本」はあっというまに消失しかねない。そのため、企業を買う前には事業運営の現状を常に考慮しておかなければならない。積み立て不足の年金プランのような、あらゆるオフバランス取引や偶発債務も考慮の対象であるし、実際の清算が進むにつれて工場閉鎖や環境規制等の理由で課される可能性のある債務も同様である。

一般に企業清算とは事業の失敗を暗示する言葉だが、皮肉なことに投資では成功につながりうる。それは企業の清算や分割が、内在する事業価値を実現化する触媒となるからだ。バリュー投資家が買おうとする証券の価格は事業の根底にある資産の価値から十分に割り引かれたものなので、清算は利益を実現するためのひとつの方法となる。

清算とは、株式市場の本質があらわになる場所へとつながる数少ない道のひとつであるとも言える。株式とは延々と売り買いされる紙切れなのか、あるいは根底にある事業に対する株数に応じた持ち分なのか。企業の資産をもっとも高値を出す買い手へ売却し、得た現金を紙切れの所有者へ配分することによって、清算はこの議論にけりをつけてくれる。つまり清算とは、割安あるいは割高な株価を内在された価値へと強制的に向かわせ、株式市場の持つ実の姿につなぎとめる鎖として働くのだ。

When no crisis is at hand, liquidation proceeds are usually maximized through a more orderly winding up of a business. In an orderly liquidation the values realized from disposing of current assets will more closely approximate stated book value. Cash, as in any liquidation analysis, is worth one hundred cents on the dollar. Investment securities should be valued at market prices, less estimated transaction costs in selling them. Accounts receivable are appraised at close to their face amount. The realizable value of inventories - tens of thousands of programmed computer diskettes, hundreds of thousands of purple sneakers, or millions of sticks of chewing gum - is not so easily determinable and may well be less than book value. The discount depends on whether the inventories consist of finished goods, work in process, or raw materials, and whether or not there is the risk of technological or fashion obsolescence. The value of the inventory in a supermarket does not fluctuate much, but the value of a warehouse full of computers certainly may. Obviously, a liquidation sale would yield less for inventory than would an orderly sale to regular customers.

The liquidation value of a company's fixed assets can be difficult to determine. The value of plant and equipment, for example, depends on its ability to generate cash flows, either in the current use or in alternative uses. Some machines and facilities are multipurpose and widely owned; others may have value only to the present owner. The value of restaurant equipment, for example, is more readily determinable than the value of an aging steel mill.

In approximating the liquidation value of a company, some value investors, emulating Benjamin Graham, calculate "net-net working capital" as a shortcut. Net working capital consists of current assets (cash, marketable securities, receivables, and inventories) less current liabilities (accounts, notes, and taxes payable within one year.) Net-net working capital is defined as net working capital minus all long-term liabilities. Even when a company has little ongoing business value, investors who buy at a price below net-net working capital are protected by the approximate liquidation value of current assets alone. As long as working capital is not overstated and operations are not rapidly consuming cash, a company could liquidate its assets, extinguish all its liabilities, and still distribute proceeds in excess of the market price to investors. Ongoing business losses can, however, quickly erode net-net working capital. Investors must therefore always consider the state of a company's current operations before buying. Investors should also consider any off-balance sheet or contingent liabilities, such as underfunded pension plans, as well as any liabilities that might be incurred in the course of an actual liquidation, such as plant closing and environmental laws.

A corporate liquidation typically connotes business failure; but ironically, it may correspond with investment success. The reason is that the liquidation or breakup of a company is a catalyst for the realization of underlying business value. Since value investors attempt to buy securities trading at a considerable discount from the value of a business's underlying assets, a liquidation is one way for investors to realize profits.

A liquidation is, in a sense, one of the few interfaces where the essence of the stock market is revealed. Are stocks pieces of paper to be endlessly traded back and forth, or are they proportional interests in underlying businesses? A liquidation settles this debate, distributing to owners of pieces of paper the actual cash proceeds resulting from the sale of corporate assets to the highest bidder. A liquidation thereby acts as a tether to reality for the stock market, forcing either undervalued or overvalued share prices to move into line with actual underlying value.

2014年6月4日水曜日

2014年バークシャー株主総会;相談すると、いろいろ出てくる

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2014年5月に開催されたバークシャー・ハサウェイの年次株主総会、質疑応答のメモから3件の話題です。以前ご紹介したメモから引用させて頂いています。(日本語は拙訳)

はじめは、留保利益や設備投資に関する(17番目の)質問に対して、ウォーレン・バフェットの回答で登場した話題です。

<バフェット> 現金とは酸素のようなものですね。時間のうちの99.9%はその存在に気づきませんが、なくなってみてはじめて気がつくものです。[バークシャーには]200億ドル超の資金があるので、賢く投資する方法をみつけていきます。ですが、資金を使わなければと気負うつもりはまったくありません。

Cash is like oxygen, you don't notice it 99.9% of the time, but when absent it is the only thing you notice. Above $20bil, we'll try to find ways to invest it intelligently. But we'll never feel the need to spend it.


99.9%という数字はおもしろいと思います。たとえば10年間は3650日強なので、そのうちの0.01%は4日間弱に相当します。株式市場では1-2週間で大幅に下落したことがあったので(1987年や2008年)、それと似たようなスケールです。資金全額を現金で保持するわけではないですが、わずかの期間のために残りの期間を(機会費用と比べながら)辛抱するというのは、精神的な強さが要求されますね。

次は質問その19からで、バークシャーの子会社の経営陣を信頼して統治している話題です。「相互信頼」を重視するチャーリーらしい発言で、我々日本人にはなじみやすい内容だと思います。

<マンガー> 世の中の他の標準とくらべると、我々は過度なまでに信頼しています。しかし、そのおかげで良い結果に結びついています。我々は信頼に足る人を選んできましたし、信頼に値する文化を育ててきた場所はうまく機能するものです。内部統制の度合いをはかる最近の会計基準は、害のほうが大きくなるでしょうね。

CM: By the standards of the rest of the world, we over‐trust, but are results are better because of it. We have selected people that we can trust. Places work better when they create culture of deserved trust. Modern accounting standards which measures internal controls - it will do more harm than good.


最後は質問その20からで、シーズ・キャンディーの買収に関する質疑に出てきた話題です。

<バフェット> [シーズの店舗が西海岸以外ではうまく広がらない話題につづいて]東部ではダーク・チョコ[普通の濃色のチョコ]が好まれますね。一方、西部はミルクチョコです。シーズのビジネスは非常にうまくやってきました。他の事業を買収する資金を稼いでくれましたし、ブランドの威力がどれほどすごいのか、目を開かせてくれました。シーズを買ったからこそ、コカ・コーラの投資で儲けられたと思っています。事業を保有して、実際に何ができてどんな可能性があるのか、わかったわけです。シーズを保有しなかったら、コークは保有していなかったかもしれません。

<マンガー> バークシャーにとってシーズ買収がもっとも寄与したのは、「無知を排除」できたことです。「無知排除」をうまくやれたのが事実でなかったとしたら、今頃我々の手には何もなかったでしょう。シーズを買ったときの我々は相当なおばかさんでしたが、シーズを買うほどにはわずかにまともだったのです。バークシャーにおいてもっともすばらしいことと言えば、さまざまな「無知」をなくしたことです。うれしいことに、まだいろいろと「無知」が残っていますがね。

<バフェット> わたしが彼に相談話をすると、それが出てくるわけですよ。(笑)

WB: In East they prefer dark chocolate, in West it is milk chocolate. We've done very well in See's, it has provided us with earnings to buy other businesses, but really it opened my eyes to the power of brands. We probably made the money in Coca‐Cola because we bought See's. We owned one and saw possibilities and what you can do. If we had not owned See's, we may have not have owned Coke.

CM: Main contribution to Berkshire was ignorance removal. If it weren't for fact that we weren't(*) were so good at removing ignorance, we'd be nothing today. We were pretty damn stupid when we bought See's ‐ just a little less stupid enough to buy it. The best thing about Berkshire is that we have removed a lot of ignorance. The nice thing is we still have a lot more ignorance left. [*: 原文が誤りと思われるため、訳者が修正した]

WB: That's what happens when I call on him. [laughter]

2014年6月2日月曜日

学際的能力がいっそう必要な理由(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが「学際的なやりかた」(Multidisciplinary Approach)を強く勧めていることは、本ブログでもよくとりあげています。今回から始まるこのシリーズでは、学際的能力の重要性や訓練方法などを説いたチャーリーの講演を全訳します。『Poor Charlie's Almanack』に講演その5(Talk Five)として収録されているものです。

なお本講演の和訳は、既に『投資参謀マンガー』に収録されています。お急ぎの方はそちらをご覧ください。同書が手元にないので、いつものように迷訳・珍訳を連発するかもしれませんが、どうぞご了承ください。

専門家に学際的能力がいっそう要求される理由と、そこから学びとれる含意
ハーバード・ロー・スクール1948年度生50周年記念同窓会
1998年4月24日

今日は、いしにえの教育者を思い起こすやりかたに終始しようと思います。ソクラテス式の対話、これを独りで進めます。はじめに5つの問題をあげて、それぞれについて簡単に答えていきます。

1) さまざまな領域で働く専門家には、学際的な能力がさらに必要とされるか。

2) 私たちの受けた教育は十分なほどに学際的だったか。

3) さまざまな分野に関する第一級のソフトサイエンスの世界において、実際的でこの上なく高められた学際的教育を行うのに欠かせない性質とはどのようなものか。

4) この50年間のうちに、叶う限りでの学際性の高みに向かって第一級の学術界はどれだけ近づいたか。

5) [学際性を]もっと迅速に発展させるには、どのような教育的取り組みを行えばよいか。(2014/7/21、この項目のみ改訂)

それでは、最初の疑問「さまざまな領域で働く専門家には、学際的な能力がさらに必要とされるか」からはじめましょう。

この問いに答えるには、いっそう学際的に取り組むほど専門家の認知を改善するのかを、まず判断しなければなりません。まずい認知を正すものは何かを判断できれば、なにゆえにそうなるのかがわかりやすくなります。バーナード・ショーに出てくるある人物が、専門家の問題点を次のように説明しています。「結局のところ、あらゆる専門職とは部外者に対して仕組まれた陰謀なのだ」。ショーが言わせた独りごとには多くの真実が含まれています。16世紀に起きたあるできごとがそれを示しています。当時の聖職者は独占的な職業だったため、聖書を英語に翻訳したウィリアム・ティンダルは火あぶりにされたのです。

その問題提起は、意識的かつ利己的な悪意が主な原因であると言外に伝えています。しかし明らかにショーはそのことを軽視していました。そしてもっと重要なのは、専門家の世界では無意識に生じる心理的傾向が相互に関連して、ひどい効果を頻繁に生み出すことです。なかでも、とびぬけて問題を起こしやすい傾向が2つあります。

1) 動機づけによって生じるバイアス。専門家自身にとってよいことは、顧客ひいては社会発展の点でもよいとする方向へ認知がごく自然に曲げられ、結論を下します。

2) 「かなづちしか持たぬ傾向」。この名前は次の警句からとっています。「手持ちの道具がかなづちだけだと、なんでも釘に見えてくる」。[バカの一つ覚え]

「かなづちしか持たぬ傾向」をある程度まで治す方法は、はっきりしています。多岐にわたる学問分野に関する能力を幅広く身につけていれば、定義上は複数の道具を持つことになり、 「かなづちしか持たぬ傾向」から生じる認知上の悪しき影響を制限できるようになります。さらには私のあげた2つの傾向からくる悪い影響、これは自分自身と他人の両側からきますが、生涯を通じてそれらと戦わなければならないという考えを実践的な心理学から吸収できるまでに学際的になっていれば、世知を築く道において堅実に歩んでいることになります。

ある狭い専門的な一連の教えを「乙」と呼びましょう。一方で、重要かつきわめて有用な各種概念が別のさまざまな分野から得られるとして、それら一式を「甲」とします。当然ですが「甲乙」両方を持ち合わせる専門家は、「乙」しか持たない貧相な人よりも優れていることが多いでしょう。ほかに考えようがないです。それゆえに、さらなる「甲」を得ようとしない言い訳を正当化するには、「そうするのは現実的でないから」と答えるしかありません。必要なのは「乙」のほうで、生活上緊急の用件がほかにあるからというわけです。この「単一学問主義」をとる言い訳はあとで触れますが、他はどうであれ優れた才能を持つ人には筋が通らないと感じられるものです。

The Need for More Multidisciplinary Skills from Professionals: Educational Implications
Fiftieth Reunion of Harvard Law School Class of 1948,
April 24, 1998

Today I am going to engage in a game reminding us of our old professors: Socratic solitaire. I will ask and briefly answer five questions:

1) Do broadscale professionals need more multidisciplinary skill?

2) Was our education sufficiently multidisciplinary?

3) In elite broadscale soft science, what is the essential nature of practicable best-form multidisciplinary education?

4) In the last fifty years, how far has elite academia progressed toward attainable best-form multidisciplinarity?

5) What educational practices would make progress faster?

We start with the question: Do broadscale professionals need more multidisciplinary skill?

To answer the first question, we must first decide whether more multidisciplinarity will improve professional cognition. And, to decide what will cure bad cognition, it will help to know what causes it. One of Bernard Shaw's characters explained professional defects as follows: "In the last analysis, every profession is a conspiracy against the laity." There is a lot of truth in Shaw's diagnosis, as was early demonstrated when in the sixteenth century, the dominant profession, the clergy, burned William Tyndale at the stake for translating the Bible into English.

But Shaw plainly understates the problem in implying that a conscious, self-interested malevolence is the main culprit. More important, there are frequent, terrible effects in professionals from intertwined subconscious mental tendencies, two of which are exceptionally prone to cause trouble:

1) Incentive-caused bias, a natural cognitive drift toward the conclusion that what is good for the professional is good for the client and the wider civilization; and

2) Man-with-a-hammer tendency, with the name taken from the proverb: "To a man with only a hammer, every problem tends to look pretty much like a nail."

One partial cure for man-with-a-hammer tendency is obvious: If a man has a vast set of skills over multiple disciplines, he, by definition, carries multiple tools and, therefore, will limit bad cognitive effects from man-with-a-hammer tendency. Moreover, when he is multidisciplinary enough to absorb from practical psychology the idea that all his life he must fight bad effects from both the tendencies I mentioned, both within himself and from others, he has taken a constructive step on the road to worldly wisdom.

If "A" is narrow professional doctrine and "B" consists of the big, extra-useful concepts from other disciplines, then, clearly, the professional possessing "A" plus "B" will usually be better off than the poor possessor of "A" alone. How could it be otherwise? And thus, the only rational excuse for not acquiring more "B" is that it is not practical to do so, given the man's need for "A" and the other urgent demands in his life. I will later try to demonstrate that this excuse for unidisciplinarity, at least for our most gifted people, is usually unsound.