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2013年5月29日水曜日

隣人のロバをむさぼってはならない(ウォーレン・バフェット)

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少し前の投稿でご紹介した2013年5月開催のバークシャー・ハサウェイ年次株主総会のトランスクリプトから、ふたたび引用します。バークシャーが営む保険業の話題ですが、本質はそこにとどまっていません。(日本語は拙訳)

<質問32:ベッキー・クイック> 保険業では非常に大きな金額を扱っていますが、合理的な料率が設定できるのはなぜですか。

<ウォーレン・バフェット> 合理的にやるという点で、バークシャーは並はずれています。当社にはずっと以前から支配株主がいたので、やりたくないことを強いる外部の株主がいませんでした。ですから、保険料収入を増やすように圧力をかけられることがありません。保険料率が悲惨だったころには、実際にナショナル・インデムニティー[バークシャーの損保子会社]では事業規模を8割縮小しました。そこまでできる公開企業はほとんどないと思います。バカなことをすればそれはわたしたち自身のせいであり、外部からの要因は何も関係していません。事業を進めるうえで、このやりかたはすばらしいものですよ。ただし他人がウォール街から称賛されているときに、このようなやりかたをとるのは難しいかもしれません。しかし、わたしたちには保険ビジネスでバカなことをする理由はありません。当社は巨大自然災害に関する損害保険の主要な引き受け手で、こちらがマーケットから立ち去ったことはありませんが、マーケットのほうが立ち去ることはありました。ですが、確率的にみたら1ドルを失う場合に90セントを受けとるようなことはしません。

<チャーリ・マンガー> よそだと我々が望まないような圧力がかかっていますが、我々にはそういう人がいないのですね。事業を8割縮小するというのは非常にむずかしいことですよ。人がいるのに仕事がないとくれば、なおさらでしょう。

<ウォーレン> インターネット株のときはわたしたちの同業者さんが成功していましたが、彼らは高いIQの持ち主でした。しばらくはうまくいっていましたが、非常に危険な時期だったと思います。当初は疑いの目でみられていたものの、同業者さんのほうはどんどん儲かっていきました。しかしそういったことをしろという圧力は、わたしたちにはかかってきません。ですから、他の人たちよりも賢いとは思いませんが、自分たちがよくわからないものには手を出さないことにしています。そして、他人がうまくやっているからといって妬まない。それですべてです。

<チャーリー> 私は常々、そのことが聖書に書かれているのは理由あってのことだと言ってきました。「隣人のロバをむさぼってはならない」。妬みというのはずっと昔から、災いを起こす原因になっていたのです。何の楽しみももたらさない罪はこれだけですよ。

<ウォーレン> 欲望は心にあり。ところでクリフさん[出席している業界アナリスト]、何かありますか。(笑)

Q32, Becky Quick: Why pricing so rational in insurance when so large?

WB: Berkshire is an unusually rational place. We have had a long run. We have a controlling shareholder. There is no outside shareholder pushing us in direction we didn't want to go. There is no pressure for increasing premium volume. We actually contracted the business, at National Indemnity, by 80%, when we thought pricing worse. Most public companies couldn't do that. If we did something stupid, it is because we did something stupid. No external factors are pressing on us. That is great way to operate. It can be hard when others are getting applauded by Wall Street. There is no reason for us to do anything stupid in insurance. We were major writers of natural catastrophe insurance. We haven't left market, market left us. We won't get paid 90c to get probabilistic loss of $1.

CM: There are pressures on other people that we don't want and therefore don't have. It is very difficult to shrink a business by 80% -- especially when people come in and have nothing to do.

WB: Like in internet stocks, and neighbors having success and they have high IQ's. It works for a while, that is great danger period. It starts as skepticism, but neighbor gets richer. We don't have any pressures to do that sort of thing. We don't think we are smarter than others, we just won't do stuff we don't understand. And we won't be jealous when others do well. That is what it is all about.

CM: I always say there is a reason why that stuff is in the Bible. Can't covet your neighbor's ass. They were having trouble with envy a long time ago. It is the one sin there is no fun.

WB: Lust has its place, but Cliff you're up? [laughter]


妬みについては、チャーリーはいくたびも嗜めています(過去記事の例)。それでは、どうすれば妬みから解放されるかとなれば、「そもそも近づかない」という単純な答えも示しています(過去記事)。

2013年5月27日月曜日

ハードサイエンスにおけるエートス(チャーリ・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる講演『経済学の強みとあやまち』の3回目です。前回分はこちらです。今回の話題に登場するやりかたはきわめて重要なものととらえているのですが、個人的にはまだ使いこなせていません。(日本語は拙訳)

なお文中で登場する「エートス」という言葉の意味ですが、小学館国語大辞典によれば以下のように説明されています。

エートス: アリストテレス倫理学で、習慣的、持続的な性状を意味し、行為の習慣によって獲得したものをいう。


本文はここからです。

次の話題は私自身が受けてきた教育の遍歴ですが、興味をひくものと思います。足りなかった上に、私の風変りな見方が結局は優位につながったのですから[大学を卒業せずに大学院に入学している。過去記事参照]。奇妙な理由のおかげで、私は初期のころから徹底して学際的な考え方をするようになりました。その際に、ほかの誰かがやっている学問でフェンス越え級の重要なアイデアがあれば、自前のひきだしからこじんまりとしたアイデアをとりだすことは許容できませんでした。ですから本当にうまく働く重要なアイデアは、とにかくやみくもにつかみとりました。そんな風にしろとは誰からも教わっていません。ただ私は、その渇望とともに生を享けたのです。物事を総合して考えたいという、強い欲求とともに生まれたのです。よくあることでしたが物事が簡単に進まないときは、その問題をつつき回しました。それがうまくいかないといったん保留し、戻ってきて再びつつき回しました。カルトの洗脳法がうまくいくのはなぜなのか、どうやっているおかげなのか、それがわかるのに20年もかかりました。しかし心理学の世界ではまだ明らかにされていないので、私のほうが先をいっていると思います。

それはともかく、私には問題をつつき回したいという傾向があります。なぜなら第二次世界大戦中に徴兵されて物理学を学ぶ道を歩むことになり、さらに空軍の命でカルテック[カリフォルニア工科大学]に派遣されて、気象担当になる一環としてさらに深く物理学を学ぶことになったからです。そこでまだ若かった時分ながら自らがこのように称するもの、「ハードサイエンスにおいて、根源的なものへ完全に従うエートス」を吸収したのです。これは私にとってきわめて役立つものとなりました。そのエートスについて説明しましょう[ハードサイエンスの内訳は主に、数学、物理学、化学、工学]。

このエートスにおいては、あらゆる学問分野からあらゆる重要なアイデアを習得する必要があります。そのアイデアは、自分が知るものよりもさらに根源的なものであるべきです。どのような説明をする際にも、もっとも根源的なやりかたをしなければなりません。さらには、使おうとするもっとも根源的なアイデアに対して、完全に従属しなければなりません。物理学の出番であれば物理学に専念して考え、生物学ならば生物学に専念するといったやりかたです。私は若いころから、このやりかたは自分の思考をうまく組織できるシステムだと感じていました。その上で、ハードサイエンスと同様にソフトサイエンスでも実際にうまく働くだろう、と強く感じていました。ですから私はそういったアイデアをつかみとり、人生を通じてハードサイエンスと同じようにソフトサイエンスの分野でも使ってきました。この考えに至ったのは、とても幸運なことでした。

ハードサイエンスにおけるエートスがいかに極端なものか、説明しましょう。たぶんよくご存じでしょうが、物理学ではボルツマン定数と呼ばれる根源的な定数があります。ここでおもしろいのは、ボルツマン定数はボルツマン自身が発見したものではないという事実です。なぜボルツマンの名前がその定数に採用されたのでしょうか。それは、より根源的な方法を用いて基礎的な物理学から定数を導き出したのがボルツマンだったからです。残念ながら忘れられてしまった某学者がその定数を最初に発見したときには、そこまで根源的なやりかたをしていませんでした。このように、より根源的な知識へ還元されることを好むという点で、ハードサイエンスのエートスはそこまで強力なのです。だれかがより根源的なやり方で新しい発見をなしとげれば、元の発見者を歴史から消し去ることができるほどです。これは正当なことで、ボルツマン定数の名前はボルツマンからとって然るべきと思います。

それはともかく、バークシャーや私の歴史をふりかえってみれば、バークシャーは相当な経済的成功をなしとげました。いっとき経済学の世界で非常に人気を博した効率的市場のハード・フォーム版の考えは無視しましたし、企業財務に入ってきたそのドクトリンの後継も無視しました。そちらは経済学のときよりもさらにおろかな結末となりましたが、当然ですが私はさらに意を強くしました。

ここでこうしてお話しするほどに怖いもの知らずの私ですが、風変りだった私自身の昔話を語ってこの話題はおわりとしましょう。若い頃の私は、少なくともまるっきりの間抜けではありませんでした。ハーバード・ロースクールでの1年間は、大人数のなかで次席につけていたものです。自分より頭のいい人はたくさんいるのに、思考力を競うゲームとなれば、いつだって引け目を感じることはありませんでした。

Next, my personal education history is interesting because its deficiencies and my peculiarities eventually created advantages. For some odd reason, I had an early and extreme multidisciplinary cast of mind. I couldn't stand reaching for a small idea in my own discipline when there was a big idea right over the fence in somebody else's discipline. So I just grabbed in all directions for the big ideas that would really work. Nobody taught me to do that; I was just born with that yen. I also was born with a huge craving for synthesis. And when it didn't come easily, which was often, I would rag the problem, and then when I failed, I would put it aside, and I'd come back to it and rag it again. It took me twenty years to figure out how and why cult conversion methods worked. But the psychology departments haven't figured it out yet, so I'm ahead of them.

But anyway, I have this tendency to want to rag the problems. Because WWII caught me, I drifted into some physics, and the Air Corps sent me to Caltech, where I did a little more physics as part of being made into a meteorologist. And there, at a very young age, I absorbed what I call the fundamental full attribution ethos of hard science. And that was enormously useful to me. Let me explain that ethos.

Under this ethos, you've got to know all the big ideas in all the disciplines more fundamental than your own. You can never make any explanation that can be made in a more fundamental way in any other way than the most fundamental way. And you always take with full attribution to the most fundamental ideas that you are required to use. When you're using physics, you say you're using physics. When you're using biology, you say you're using biology. And so on and so on. I could early see that that ethos would act as a fine organizing system for my thought. And I strongly suspected that it would work really well in the soft sciences as well as the hard sciences, so I just grabbed it and used it all through my life in soft science as well as hard science. That was a very lucky idea for me.

Let me explain how extreme that ethos is in hard science. There is a constant, one of the fundamental constants in physics, known as Boltzmann's constant. You probably all know it very well. And the interesting thing about Boltzmann's constant is that Boltzmann didn't discover it. So why is Boltzmann's constant now named for Boltzmann? Well, the answer is that Boltzmann derived that constant from basic physics in a more fundamental way than the poor forgotten fellow who found the constant in the first place in some less fundamental way. The ethos of hard science is so strong in favor of reductionism to the more fundamental body of knowledge that you can wash the discoverer right out of history when somebody else handles his discovery in a more fundamental way. I think that is correct. I think Boltzmann's constant should be named for Boltzmann.

At any rate, in my history and Berkshire's history, Berkshire went on and on into considerable economic success while ignoring the hard-form efficient markets doctrine once very popular in academic economics and ignoring the descendants of that doctrine in corporate finance where the results became even sillier than they were in economics. This naturally encouraged me.

Finally, with my peculiar history, I'm also bold enough to be here today because, at least when I was young, I wasn't a total klutz. For one year at the Harvard Law School, I was ranked second in a very large group, and I always figured that, while there were always a lot of people much smarter than I was, I didn't have to hang back totally in the thinking game.

2013年5月25日土曜日

複利の重要性(セス・クラーマン)

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ファンド・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』からの引用です。今回は第5章「投資目標の設定」(Defining Your Investment Goals)からご紹介します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

損失を被りたいと望む人はいないはずだが、大多数の投資家や投機家の行動をみてもそのようにはとれない。他人がすでに参加しているときにはなおさらで、投機に加わりたいという我々の内なる衝動は高まり、ただで儲かるだろうという読みが強まっていく。貪欲なまでに利益をあげる人がいたり、証券会社から電話がかかってきて最近の「大人気」IPO銘柄を勧めてくるときに、意識を集中して潜在的な損失に思いをめぐらせるのはむずかしいことだ。しかしながら最終的に利益を確実なものとするには、損失を回避することが最も堅実な方法と言える。

損失を回避しようとする戦略は、市場に関する最近の伝統的な知恵とは相いれない。今日の投資家の間では、リスクとは株式を保有することではなくて株式を保有しないことだ、とひろく信じられている。この考えを進めて、全体としてみれば株式は、過去と同じように長期的には債券や現金等価物より好成績をあげるものとみられている。この見方が表れたもののひとつがインデックス投資であり、また機関投資家のほとんどが常時全額投資する傾向もそうである。

(中略)

ひろく知られた通念としてもうひとつ、リスクを回避する姿勢は投資で成功をおさめることにつながらないとする考えがある。この見方は、高いリスクをとったときだけ高いリターンが達成可能との見解に立っている。また長期的な投資では、リスクというものは回避するのではなく、探索して受け入れないと成功につながらないともしている。私の考えはそれとは反対で、リスク回避こそが投資を検討する上で唯一もっとも重要な要素となる。なぜそうなるのか。1,000ドル持っているときに、公正なコイン投げをして2倍になるかゼロになるかの賭けをしたいだろうか。おそらく賭けないだろう。では、全財産をつぎ込んで同じ賭けにのるか。もちろんしないはずだ。もうひとつ、自分の純資産の3割分を失うか儲かるかするリスクをとるだろうか。話に乗る人はそれほど多くないだろう。それだけの金額をうしなうと生活水準を落としかねない一方、それだけ利益を得ても生活水準はそこまでは改善しないかもしれないからだ。だからこそ大多数の投資家と同じように、リスクを避けたいならば、投資をするうえでの理念として損失回避という考えを拠りどころとすべきだろう。

よくばりで目の前しか見ていない投資家は、損失を回避するという点で的確な数字の計算ができなくなっているかもしれない。平均的なリターンであっても長期間続けば、複利がもたらすものは絶大までは至らないとしても十分大きなものとなる。表1に示すように、相対的に小さな値でも複利の効果は見事なものとなる。

表1 各々のリターン率と投資期間における、1,000ドルを投資したときの複利効果

5年10年20年30年
6%1,3381,7913,2075,743
8%1,4692,1594,66110,063
10%1,6112,5946,72717,449
12%1,7623,1069,64629,960
16%2,1004,41119,46185,850
20%2,4886,19238,338237,376


表で示したように、相対的にみて並みのリターン率であっても、純資産を複利で増やせるという点で辛抱強さはもっとも重要なことである。何年間にもわたって成功してきた投資の成果すべてを、文字どおり一撃で吹き飛ばしてしまうような大きな損失を一度でも出してしまうと、取り返すのは非常にむずかしい。それは複利が重要なことを如実に示してくれる。別の言いかたをすれば、投資家がよい結果をもっともあげやすいのは、下落リスクを限定しながら一貫してよい成績を達成するやりかたであって、ときには華々しい利益をあげるが元本を失うリスクもかなりあるといった上下動の大きいやりかたではない。驚かれるかもしれないが一例を示すと、10年間にわたって年率16%の利益をあげる投資家は、年率20%の利益を9年間あげた後に10年目で15%を失う投資家よりも、多額の財産を築くことができる。(p.81)

While no one wishes to incur losses, you couldn't prove it from an examination of the behavior of most investors and speculators. The speculative urge that lies within most of us is strong; the prospect of a free lunch can be compelling, especially when others have already seemingly partaken. It can be hard to concentrate on potential losses while others are greedily reaching for gains and your broker is on the phone offering shares in the latest "hot" initial public offering. Yet the avoidance of loss is the surest way to ensure a profitable outcome.

A loss-avoidance strategy is at odds with recent conventional market wisdom. Today many people believe that risk comes, not from owning stocks, but from not owning them. Stocks as a group, this line of thinking goes, will outperform bonds or cash equivalents over time, just as they have in the past. Indexing is one manifestation of this view. The tendency of most institutional investors to be fully invested at all times is another.

Another common belief is that risk avoidance is incompatible with investment success. This view holds that high return is attainable only by incurring high risk and that long-term investment success is attainable only by seeking out and bearing, rather than avoiding, risk. Why do I believe, conversely, that risk avoidance is the single most important element of an investment program? If you had $1,000, would you be willing to wager it, double or nothing, on a fair coin toss? Probably not. Would you risk your entire net worth on such a gamble? Of course not. Would you risk the loss of, say, 30 percent of your net worth for an equivalent gain? Not many people would because the loss of a substantial amount of money could impair their standard of living while a comparable gain might not improve it commensurately. If you are one of the vast majority of investors who are risk averse, then loss avoidance must be the cornerstone of your investment philosophy.

Greedy, short-term-oriented investors may lose sight of a sound mathematical reason for avoiding loss: the effects of compounding even moderate returns over many years are compelling, if not downright mind boggling. Table 1 shows the delightful effects of compounding even relatively small amounts.

Table 1
Compound Value of $1,000 Invested at Different Rates of Return and for Varying Durations

(table data are skipped)

As the table illustrates, perseverance at even relatively modest rates of return is of the utmost importance in compounding your net worth. A corollary to the importance of compounding is that it is very difficult to recover from even one large loss, which could literally destroy all at once the beneficial effects of many years of investment success. In other words, an investor is more likely to do well by achieving consistently good returns with limited downside risk than by achieving volatile and sometimes even spectacular gains but with considerable risk of principal. An investor who earns 16 percent annual returns over a decade, for example, will, perhaps surprisingly, end up with more money than an investor who earns 20 percent a year for nine years and then loses 15 percent the tenth year.

2013年5月23日木曜日

英国式ヘッドハンティングの例(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによるハーヴァード・ウェストレイク高校での講話その13です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

さて、これまでの議論でどういう話の方向性かおわかりになったと思います。そうです、規制当局の話に戻ります。SEC[米国証券取引委員会]がバーニー・マドフを糾明する不手際ぶりはどうでしょう。彼が採用していたと主張する方法で算出された数字を信じるというなら、歯の妖精を信じるのと同じですよ。ハワード・マークス[聴衆に加わっている]なら、こちらが話し終える間もなく、2秒とかからずに真実でないとわかるはずです。ところが、ハワード・マークスのように考えない人が規制当局で権力をにぎっており、災厄と言える結論をくだしました。しかし、その人たちは再任されるでしょうね。一方SECに勤めるほとんどの人はまだ若いので、いったん離れてビジネスに戻り、そしてまた当局に戻ってくるつもりだと思います。それでは、規制当局の一員たる者はいかに偉大であればよいでしょうか。不愉快なことでも、あれこれ対処するということでしょうか。すぐれた事例として、英国における法廷弁護士のシステムの話をしましょう。かの国では、本当に高潔で有能といった法廷弁護士がみつかれば、判事に任命してしまうのです。手強い一人を失った弁護側は、なおさらしっかりした準備書面を用意するようになります。よき判事として期待された彼自身もまた、よき判事でありつづけます。なぜなら英国では、もはや法廷弁護の仕事に戻らない上に、[-音声不明瞭-]なところへ足を踏み入れないからです。これは稀な例ですが、裁判官を登用する仕組みとしては、我々のやりかたよりもずっとすぐれています。ふりかえって我々の現状は、SECの委員さんたちと同じように、判事の多くは自分の世界をでて規制当局の一員に加わっています。そのため、自らの経歴や会計などの職務に起因した認知上の誤りをおかしてしまい、利害の対立があちこちで生じています。

この話題について、会計基準の権威機関の長たる女性と議論したことがあります。とても高い知能をもった最高水準の女性でした。ところが彼女はイカれているようで、こう言ってきたのです。「チャーリー、その件は整合させるべきだと思いませんか。企業が実際に保有している債券の簿価を切り上げることを認めるなら、なぜ貸借対照表の反対側にある債券の簿価を切り下げてはならないのでしょうか」。私は答えました。「正気でないことをすれば、実際に悪い影響をこの世界におよぼすからです」。彼女の答えはこうです、「そんな話はしていませんわ」。聞くところでは、彼女はまだその地位を占めているようです。

Well, you see the drift of this everywhere you turn and, of course, you turn to the regulators. Imagine the SEC, they had trouble diagnosing Bernie Madoff. You have to believe in the tooth fairy to believe he was having those figures by the methods he claimed to be using. You wouldn't have gotten that one by Howard Marks for two seconds. I mean you wouldn't have finished your sentence before he noticed it couldn't be true. But people get into powerful positions in the regulatory authority who don't think like Howard Marks. And the end result is these disastrous regulatory decisions, and then of course people get co-opted. Almost everybody at the SEC is young enough, so they want to leave and go back to business and they are going to go back to the regulated business. Well, how great a regulator is that going to be? To do a lot of unpleasant things? The English system for trial lawyers is much better. If a trial lawyer is really good, and he is really smart and so forth, they put him on the bench. That way, they get rid of one important competitor so they get more briefs, they get a good judge and he stays a good judge because he never comes back into trial lawyering and he never goes into [audio unintelligible] stuff in England. That is a much better system of getting a trial judge than we have elsewhere, but it is rare. What we have now, a lot of our judges are like the SEC commissioners that go out and join the regulated part of the world. The conflicts of interest are just rife and the failures of cognition from their background and their professions like accounting.

I had this discussion with this woman who was head of the accounting standards authority, very high IQ women, very high-grade woman. [But] nutty as a fruitcake. She said to me, 'Charlie don't you want it consistent? If we are going to mark-up bonds the firm actually owns, why shouldn't we mark-down the bonds on the other side of the balance sheet?' Well, I said: 'Because an insane result is going to have bad practical consequences in the world.' And she said: 'We don't talk that way.' She may still be there for all I know.


文中にでてくる「会計基準の権威機関」とは、おそらくFASB(Financial Accounting Standards Board)のことと思われます。

2013年5月21日火曜日

バークシャーがいるニッチの世界(ウォーレン・バフェット)

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少し前にも取り上げましたが(過去記事)、2013年5月開催のバークシャー・ハサウェイ年次株主総会のトランスクリプトがあちこちで公開されているようです。以下のノートからお借りして、個人的に印象に残った質疑応答を何点かご紹介していきます。

Berkshire Hathaway Annual Meeting 2013 (PDFファイル) (csinvesting)

<質問17: ダグ・カース> ウォーレン、いいですか!

<ウォーレン・バフェット> ダグさん、いいですよ!!

<ダグ> あなたの投資した対象があげるリターンは、あなたご自身の評判に帰するところが大きいと思いますが、後継の方に代わるとどうなるものでしょうか。

<ウォーレン> わたしの後を継ぐ人は、市場で問題が生じた際にわたしより多額の資金を扱っていると思います。そういうときに資金が残っている人はほとんどいませんし、その資金を投じようとする人はさらに稀です。そんな動乱のときに資本を有しているというのは並大抵ではなく、多額の資金を以って二つ返事で応じられるというのは、際立った存在なのです。わたしの後継者も、よそからお願いされたら喜んで資金を投じると思いますよ。バークシャーというのは、市場がパニックになった時に電話をもらう会社です。2008年には何度かありましたし、2011年にも一度ありました。これはバークシャーの主要業務ではないのですが、ダウ平均が数日間のうちに1,000ポイントでも下落したときには、きっとご連絡いただけると思います。わたしがいなくなった後でも同じことをやれば、バークシャーの評判はもっと強固になるでしょう。「バークシャー」ブランドはいっそう高まるはずです。

<チャーリー・マンガー> 初期のころのウォーレンは、競争が少なかったので大成功をおさめられました。その後、競争は激しくなりましたが、現在の我々は巨大なビジネスへ資金を提供するというニッチの世界にいます。彼らは他人からコントロールされたくないので、そうするのですね。この世界ではあまり競争がありません。ですから過去と同じ場所にとどまるべきだったとするのは、不合理な考えです。よそには連絡がいってないのですから。

<ウォーレン> 他のところは、資金がない上にすぐに動こうとも考えていなかったのですね。この領域はわれわれにぴったりです。わたしが去った後でも、そういった特質はバークシャーに残り続けるでしょう。

<チャーリー> それこそ私の望むところですね。

Q17, Doug Kass: [assertively] Warren, …

WB: [assertively] Doug, …

Q17, cont: Much of your returns from your investments have been premised on your reputation, what about successor?

WB: My successor will have more capital than me when markets are in distress. At those times few people have capital and even fewer have willingness to commit. It is unusual to have capital at times of turbulence, when ability to say yes quickly with large sums sets you apart. I would not worry about that successor being willing to deploy and being called upon. Berkshire is the 1-800- number when there are panics in markets. It happened a couple times in 2008 and once in 2011. Not our main business, but if Dow falling down a 1000 points for a few days, they will call Berkshire. Our reputation will become even more solidified, when Berkshire does it when I'm not around. It becomes even more the Berkshire brand.

CM: In the early days, Warren had huge success because competition was small. Then competition was more intense. Now we are in in the niche of offering capital to big businesses who don't want to be controlled by somebody else - and this is less competitive. It is ridiculous to think the past was a place we should have stayed. The other people are not getting calls.

WB: They don't have money and are not willing to act immediately. This area is very much our own. These qualities will remain with Berkshire after I'm gone.

CM: That is what I like about it.


昨年の総会でも、本質的に同じ話題が登場していました(過去記事)。チャーリーやウォーレンが繰り返して話してくれるこの話題は、「大切なこと」だけれど「なかなか身につかないこと」ととらえています。

2013年5月20日月曜日

目のせいじゃないんです(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーはお説教ばかりのお年寄りかと思われているかもしれませんので、今回は彼の横顔編ということで軽い話題です。ウォーレン・バフェットが、自分よりすぐれた頭脳の持ち主の性癖を語ります。この一節は『Poor Charlie's Almanack』に収録されていますが、すでに広まっているものかもしれません。(日本語は拙訳)

チャーリーがいろいろ見落としてしまうのは彼の目のせいだ、とみなさんはお考えでしょう(チャーリーはずっと以前に、白内障手術の際の合併症で片目の視力を失っている)。ところが実際は目のせいではなくて、彼のおつむのほうなんですよ。交差点で止まっているときに、チャーリーがなにか込み入った話題を話し続けていたことがありました。そのおかげで青信号なのに3件待たされることになりました。うしろからはクラクションの嵐でしたよ。(p.49)

"People think it's Charlie's eyes that cause him to miss seeing things (Charlie lost his vision in one eye many years ago due to complications from cataract surgery). BUT IT'S NOT HIS EYES, IT'S HIS HEAD! I once sat through three sets of traffic lights, and plenty of honking behind us, as Charlie discussed some complex problem at an intersection."


同じような指摘は、彼の継子のコメントにもありました(過去記事)。

2013年5月18日土曜日

全額投資について(セス・クラーマン)

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ファンド・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』からの引用です。前回につづいて今回も第3章「成績競争にいそしむ機関投資家、負けるのは顧客」(The Institutional Performance Derby: The Client Is the Loser)からご紹介します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

繰り返しになりますが、Wikipediaによれば、同氏のファンドBaupostは預かり資産3兆円近くに達するヘッジファンドです。

資金全額を常時投資することについて

機関投資家は常に資金全額を投資することを自ら強要しているため、あまり柔軟に対応できないことが多い。自分の仕事は銘柄を選ぶことであり、マーケット・タイミング(投資する時期)をはかることでない、と彼らの多くは解釈している。顧客のほうがマーケット・タイミングを判断した上で、全額を投資するように資金をゆだねている、と機関投資家は信じているのだ。

資金全額を常時投資するとなれば、投資という仕事はたしかに単純なものとなる。投資家は現時点で有効な最善の投資をえらぶだけでよくなるからだ。相対的にみたときの魅力の多寡が投資をきめる唯一の判断基準となり、絶対的な水準には照らしあわせないことになる。全額投資するという単なる規則にしたがって基準以下の投資をする人は、投資における利点という重要な基準を残念ながら理解していないか、うしなっている。よくて月並みなリターンを生むにおわり、悪ければこれからくる良き投資機会を失うという高い機会費用を支払った上で、巨額の損失に至るリスクもかかえることになる。

常時全額投資という方針は、相対評価志向と通じるものがある。市場に打ち勝ち、かつ大きく離されないことが目的だとすると(特に短期的な視野で)、100パーセント投資しつづけるのは理にかなっている。あえて待機するよう指示されている以外のファンドは、市場の成績を下回らないためには資金を市場へ投下せざるをえない。

それとは対照的に、絶対評価志向にもとづく投資家は、絶対的な価値基準に見合うときだけ投資に踏みきる。見合った機会がふんだんにあり、なおかつ確信に足る魅力があるときだけ全額投資をえらぶだろうし、その条件がどちらも満たされなければもっと少ない金額しか投資しない道を好むだろう。投資の世界では、なにもしないことが最善というときがある。しかし機関投資家のマネージャーは競争相手の大多数が同じほうへ傾かないかぎり、この別案を採用したがらない。(p.44)

Remain Fully Invested at All Times

The flexibility of institutional investors is frequently limited by a self-imposed requirement to be fully invested at all times. Many institutions interpret their task as stock picking, not market timing; they believe that their clients have made the market-timing decision and pay them to fully invest all funds under their management.

Remaining fully invested at all times certainly simplifies the investment task. The investor simply chooses the best available investments. Relative attractiveness becomes the only investment yardstick; no absolute standard is to be met. Unfortunately the important criterion of investment merit is obscured or lost when substandard investments are acquired solely to remain fully invested. Such investments will at best generate mediocre returns; at worst they entail both a high opportunity cost - foregoing the next good opportunity to invest - and the risk of appreciable loss.

Remaining fully invested at all times is consistent with a relative-performance orientation. If one's goal is to beat the market (particularly on a short-term basis) without falling significantly behind, it makes sense to remain 100 percent invested. Funds that would otherwise be idle must be invested in the market in order not to underperform the market.

Absolute-performance-oriented investors, by contrast, will buy only when investments meet absolute standards of value. They will choose to be fully invested only when available opportunities are both sufficient in number and compelling in attractiveness, preferring to remain less than fully invested when both conditions are not met. In investing, there are times when the best thing to do is nothing at all. Yet institutional money managers are unlikely to adopt this alternative unless most of their competitors are similarly inclined.

2013年5月16日木曜日

株式時価総額とGDPの比較グラフ

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久しぶりにGDPの話題です。ウォーレン・バフェットが株式市場全体の値ごろ感をみるときに、株式時価総額がGNP(≒GDP)の何%に相当するか比較する話はよく知られています。個人的にもそのやりかたをまねして、ときおり日本にも当てはめています。以下の2か所のデータを使って算出しています。

国民経済計算(GDP統計) (内閣府)
東証株式時価総額 (東京証券取引所)

なお他取引所については、小規模だったり東証との重複上場があるため、個人的には考慮に入れていません。

さて、今回ご紹介する以下のWebサイトですが、自分が望んでいたそのものが掲載されており、とてもありがたいものでした。上述の計算結果が昔からのデータを使ってグラフ化されています。

Japan Market Capitalization to GDP (VectorGrader)

同サイトからグラフを2つほどお借りします。まず日本市場における株式時価総額対GDP(1970年以降)のグラフです(上部が時価総額対GDP、下部がおそらく日経平均)。


これをみて意外だったのは、日本市場では株価の高かった2000年当時よりも、直近のピークである2007年のほうが時価総額が大きかったことです。経済の裾野が広がったということでしょうか。

一方、アメリカ株式市場の状況(1950年以降)は次のグラフです(下部はおそらくS&P500)。


個人的な見解になりますが、この指標は厳密な指針を与えてくれるものとはとらえていません。「方向性がだいたい当たっている」程度のものと受けとめています。ちなみに2001年当時のウォーレンの発言では、GNP比で70-80%あたりを下回った時に買えばうまくいくとしています。

ご参考までに、以下の過去記事でもGDPについてふれています。コメント欄では、独自の分析結果をご紹介して頂いています。

GDP成長率と株式リターン率の関係(GMO)

(追記)コメント欄でご指摘を頂いています(NIGHT0878さんより)。2000年当時の日経平均は、銘柄入替え時に不連続性が生じているとのことです。

2013年5月14日火曜日

世界はわれらとともにあり(チャーリ・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる講演『経済学の強みとあやまち』の2回目です。前回分はこちらです。今回の文章は、今までにご紹介してきた話題の集合体のようになっています。ご参考までに、各々の参考記事へリンクしました。(日本語は拙訳)

同じようなことをUCLAの医科大学院にあるジュールズ・スタイン眼科研究所で目の当たりにしたので、私はあるとき質問してみました。「白内障を治療するのに、まるで時代遅れの方法でしかやらないのはどうしてですか」。その人が答えました。「チャーリー、これは教えるのにもってこいの手術法なんですよ」。彼がその手術法をやめることになったのは、患者がそろって拒絶したからでした。くりかえしますが、結末を変えたいのであれば、理由ではなくて利害に訴えることです(過去記事)。

バークシャーでは、効率的市場理論のハード・フォーム版に一分たりとも注意をむけることなく、業績を積み重ねてきました。その考えは経済学の世界から派生して企業財務へ進み、資本資産価格モデルのような堕落したものへと姿を変えていますが、そちらのほうも我関せずです。ボラティリティーの高い株に投資さえすれば7%の超過利益を苦もなく得られると考えている人は、歯の妖精でも信じたらどうでしょうか(過去記事)。

みなさんがどうお感じかわかりませんが、こういったことが実際に信じられていたのです。ジュールズ・スタイン眼科研究所の医者と同じですね。しかし信じるものは報われ、それゆえに広まっていきました。いまだに少なからぬ人が信じています。しかしバークシャーではまったく気にかけていませんし、世の中もわれわれの側についてくると思います。「市場のもたらすあらゆる帰結は完璧である」という考えは、いずれドードー[鳥]と同じ道をたどるでしょう。

株式市場は完璧に効率的なものではないとする考えは、私にはわかりきったことでした。十代の頃にオマハの競馬場へ通っていましたが、そこはパリミュチュエル方式の世界でした。胴元である競馬場が17パーセント分をとった後に、17パーセントよりずっと少ない損失にとどめて賭けを続けていた人もいれば、17パーセント超の損失を出しつづける人もいました。私からすればこれはいたって当たり前のことで、オマハのパリミュチュエル方式は「完璧に効率的」という代物ではなかったのです。ですから、合理的な価格を作り出すという意味において株式市場が常に完璧に効率的だとする主張は、私には受け入れられません(過去記事)。

実のところ、競争馬だけでなくオッズのこともよく理解している人が場外取引で競馬場に打ち勝っている事例が報告されています。大勢ではないですが、そういうことをできる人がこの国には幾人かいるのです。

I watched the same thing happen at the Jules Stein Eye Institute at UCLA. I asked, at one point, “Why are you treating cataracts only with a totally obsolete cataract operation?” And the man said to me, “Charlie, it's such a wonderful operation to teach.” When he stopped using that operation, it was because almost all the patients had voted with their feet. Again, appeal to interest and not to reason if you want to change conclusions.

Well, Berkshire's whole record has been achieved without paying one ounce of attention to the efficient market theory in its hard form. And not one ounce of attention to the descendants of that idea, which came out of academic economics and went into corporate finance and morphed into such obscenities as the capital asset pricing model, which we also paid no attention to. I think you'd have to believe in the tooth fairly to believe that you could easily outperform the market by seven percentage points per annum just by investing in high-volatility stocks.

Yet, believe it or not, like the Jules Stein doctor, people once believed this stuff. And the belief was rewarded. And it spread. And many people still believe it. But Berkshire never paid any attention to it. And now, I think the world is coming our way, and the idea of perfection in all market outcomes is going the way of the dodo.

It was always clear to me that the stock market couldn't be perfectly efficient, because, as a teenager, I'd been to the racetrack in Omaha where they had the pari-mutuel system. And it was quite obvious to me that if the house take, the croupier's take, was seventeen percent, some people consistently lost a lot less then seventeen percent of all their bets, and other people consistently lost more than seventeen percent of all their bets. So the pari-mutuel system in Omaha had no perfect efficiency. And so I didn't accept the argument that the stock market was always perfectly efficient in creating rational prices.

Indeed, there have been some documented cases since of people getting so good at understanding horses and odds that they actually are able to beat the house in off-track betting. There aren't many people who can do that, but there are a few people in America who can.

ドードーは分類学上、「ハト目」とのことです。

(Wikipedia「ドードー」より)

2013年5月12日日曜日

個別銘柄の価値に着目すること(ジョン・テンプルトン)

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ジョン・テンプルトンの「投資で成功するための16のルール」から、今回はルールその6「着目するのは投資対象の価値であって、市場動向や景気の見通しではない」の説明文をご紹介します。引用元はこちらです。(日本語は拙訳)

(ルールその6) 着目するのは[投資対象の]価値であって、市場動向や景気の見通しではない

株式市場は「株式」を売買する市場だということを、賢い投資家は理解しています。強気相場の勢いによって個々の銘柄が持ち上げられることもありますが、究極的には市場を決めるのは個別銘柄であり、その逆ではありません。市場動向や経済情勢ばかりに目を向ける投資家があまりに多すぎます。しかし個別の銘柄をみれば、弱気相場でも上げていたり、強気相場でも値下がりしています。

株式市場と経済は常に同じ足取りで歩むとはかぎりません。景気が後退局面でなくても弱気相場はやってきますし、企業収益が全体的にみて悪化してもそれにあわせて株価が下落するともかぎりません。ですから市場動向や経済の見通しにもとづいて株を買うのではなく、あくまでも個別銘柄の状況をみて買うことです。

No.6 BUY VALUE, NOT MARKET TRENDS OR THE ECONOMIC OUTLOOK

A wise investor knows that the stock market is really a market of stocks. While individual stocks may be pulled along momentarily by a strong bull market, ultimately it is the individual stocks that determine the market, not vice versa. All too many investors focus on the market trend or economic outlook. But individual stocks can rise in a bear market and fall in a bull market.

The stock market and the economy do not always march in lock step. Bear markets do not always coincide with recessions, and an overall decline in corporate earnings does not always cause a simultaneous decline in stock prices. So buy individual stocks, not the market trend or economic outlook.

2013年5月10日金曜日

資本主義、万歳(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによるハーヴァード・ウェストレイク高校での講話その12、ひきつづき会計士の話題です。この一節でのチャーリーの皮肉は強烈です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

この[-音声不明瞭-]な文明において、いったい誰がそんな考えにみちた会計をやっているのでしょうか。そう、われらが一流の会計士です。よろこんで一族に迎え入れたい人物です。恥ずべきことなど、みじんも持たない人たちです。アプトン・シンクレアが指摘していた人物のようですね。食っていくために信じなければならないことを彼らは信念としているのです。その会計士たちには我慢しがたい考えがあります。合理性が要求される場面では現実性があること、つまり将来になってから回収されるものは合理的に判断されなければならない、という考えです。実際のところ、ここから何が感じられますか。原告側の弁護士が彼らを訴えてきて、仕事ができなくなってしまう。会計士たちはそんな風に感じているのです。彼らにとって、これは耐えられないことです。そうであれば現実と向き合うよりも、数字をまちがったままにしておき、その数字ゆえに我々が経験したようなごたごたが生じるほうをえらびます。単に自分にとって気楽な会計上の取扱いを無意識に選んでいるのです。これは、ジュールズ・スタイン眼科研究所の外科医を思い起こさせます。私は彼にこう質問しました。「白内障の手術をするのに、まったくもって時代遅れなやりかたをするのはなぜですか」。私の左目がダメになる前に、正しくもそれを診断した天才は答えました。「チャーリー、これは人に教えるにはもってこいの手術法なんですよ」。作り話などではありませんよ。実際にインターンたちを訓練するならば、ものすごくいい経験になります。ジュールズ・スタイン眼科研究所の彼が時代遅れのやりかたで白内障の手術をするのを、どうしてやめることになったのかわかりますか。彼に手術してもらうのを患者がこぞって拒否したからです。これぞ資本主義が成しとげた栄光のひとつですね。あまりに愚かしい人に対しては、拒絶という手段によって顧客はしばしば現実をみせつけることができるのです。

Who in the hell would have this kind of accounting that had any sense of all in a [audio unintelligible] civilization? It’s our leading accountants, the people you’d be glad to have marry into your family. And not one of them has the least tinge of shame. They are like Upton Sinclair, they believe what they have to believe to make a living. What the accountants can’t stand is the idea that if you made them do what rationality requires, make this thing realistic - make it a reasonable judgment about what is going to be really collected in the future. What’s really sound here? They sense that plaintiffs’ lawyers will sue them and they really won’t be able to do it. That is unendurable to them. They would rather have the figures all wrong and the figures create the kind of a mess that we’ve had than face reality. On a subconscious level, they just choose the accounting that makes it easy for them to do. It’s like a surgeon once said [at] the Jules Stein Eye Institute [when] I asked him, ‘Why are you doing a totally obsolete cataracts operation?’ This guy was a genius who correctly diagnosed my left eye before it went out for good and he said, ‘Charlie, it’s such a wonderful operation to teach.’ I’m not inventing this story. I mean, if you are really training a bunch of interns, I mean, this was a hell of a wonderful experience and you know how he stopped doing an obsolete cataracts operation at the Jules Stein Eye Institute? When the patients all voted with their feet. That is one of the glories with capitalism. If people are asinine enough, the customers will frequently bring reality to bear by voting with their feet.


余談です。チャーリーはずっと前から片目がほとんどみえないことは、よく知られた事実です。おなじように隻眼として知られる投資家にマイケル・バーリ(過去記事など)がいますが、彼もチャーリーの講演に深く共感しているとしていました。

2013年5月8日水曜日

投資家トッド・コームズの勉強量

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ウォーレン・バフェットやチャーリ・マンガーの後継者候補として、すでにバークシャー・ハサウェイで投資業務に携わっているのが、テッドとトッドのコンビです(テッド・ウェシュラーとトッド・コームズ)。今回は二人を取り上げた記事から、トッドに関する文章をご紹介します(日本語は拙訳)。なおトッドは現在42歳、ウォーレンから任されている運用資産は50億ドル(約5,000億円)とのことです。

Investors earn handsome paychecks by handling Buffett's business (Omaha.com)

まずは彼の勉強量について。
[コロンビア大学での投資の授業で、バフェットから直接話をきいたときのこと]

ある学生がバフェットに質問した。「投資の仕事に就くにあたって、今からどのような準備をしておけばよいですか」。バフェットは少し考えてから、勉強材料を示した。山ほどのレポート、業界誌、彼が持参してきた類の読み物。

「こういうものを毎日500ページ読むようにしてください」、バフェットはそういった内容のことを語った。「知識というものがいかに役に立つかを感じとって下さい。知識は、まるで複利と同じように増えて発達していきます。それだけのことですが、みなさんの中でそうできる人はあまりいないと思いますよ」。

注目すべきことに、まさにコームズは忠告にしたがい、何を何ページ読んだか毎日記録しつづけた。やがて、役に立つ読み物をみつけて読むことが第二の天性つまり習慣となった。投資の仕事を始めた頃にはもっと読むようになり、1日に600ページ、750ページ、ついには1,000ページに達した。

そしてコームズは、バフェットのやりかたがうまくいくことを実感した。多くの知識を得ることで、自分の責務つまり投資候補の真なる姿をみきわめる仕事に役立つことを。

One of the students asked what he could do now to prepare for an investing career. Buffett thought for a few seconds and then reached for the stack of reports, trade publications and other papers he had brought with him.

"Read 500 pages like this every day," said Buffett, or words to that effect. "That's how knowledge works. It builds up, like compound interest. All of you can do it, but I guarantee not many of you will do it."

Remarkably, Combs began doing just that, keeping track of how many pages and what he read each day. Eventually finding and reading productive material became second nature, a habit. As he began his investing career, he would read even more, hitting 600, 750, even 1,000 pages a day.

Combs discovered that Buffett's formula worked, giving him more knowledge that helped him with what became his primary job - seeking the truth about potential investments.

もうひとつ、チャーリー・マンガーとめぐりあったきっかけについてです。
オーストラリアのマネー・マネージャーと出会ったことで、コームズはオマハ[=バークシャー]へ通じる道を歩みはじめた。その人物はカリフォルニアに行ってバークシャーの副会長、そしてバフェットの親友でもあるチャーリー・マンガーと会うことになっていた。コームズはそのときに「いつかチャーリーと話し合ってみたいものだ」と感じていたことを覚えている。

それから時をおかずにコームズはカリフォルニアに足をはこび、まず会えないだろうと思いながらもマンガーのオフィスに連絡をとってみた。

驚いたことに、マンガーはカリフォルニア・クラブで一緒に朝食をどうかと誘ってくれた。「ですが怖くなりました」とコームズは言った。オマハで開催されるバークシャーの年次株主総会に2回出席して、マンガーが人物やビジネスを単刀直入に評価することを知っていたからだ。

「しかし我々は心底、意気投合できました」コームズは言った。「彼は実にあたたかみのある、おだやかな人でした」。

二人は数時間話し込み、その後マンガーは再会したいと声をかけてくれた。コームズは即座にカリフォルニアに戻る用意をした。そうするうちに、とうとうマンガーがこう切り出した。「ウォーレンも君に会いたがると思うがね」。

His road to Omaha began when he met a money manager from Australia who was going to California to see Charlie Munger, vice chairman of Berkshire and a confidant of Buffett's. Combs remembers thinking, "I'd like to meet Charlie some day."

Not long afterward, Combs was headed to California and called Munger's office, figuring it was "pretty unlikely" that he would get to see Munger.

To his surprise, Munger offered to meet him at the California Club for breakfast. "I was terrified," Combs said. He had attended two of Berkshire's annual shareholder meetings in Omaha and knew that Munger often gave blunt assessments of people and businesses.

"But we really hit it off," Combs said. "He's the most warm, gentle man."

The two talked for hours, and Munger offered to get together again. Combs quickly arranged to return to California. Eventually, Munger told him, "I really think Warren would like to meet you."

カリフォルニア・クラブの写真です。チャーリーらしい、格式のある場所ですね。

(同クラブのWebサイトより)

2013年5月6日月曜日

アマチュア投資家の問題点(ウォーレン・バフェット)

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バークシャー・ハサウェイの今年の年次株主総会は、先週の5月4日(土)でした。質疑応答のトランスクリプトがいずれ公開されると思いますが、ダイジェスト的な記事はたとえばThe New York Timesの経済ニュースサイトDealBookなどに掲載されています。今回は同記事から、ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーの回答のうち、個人的にもっとも印象に残った2つをご紹介します。(日本語は拙訳)

Berkshire Hathaway's 2013 Shareholder Meeting (DealBook - The New York Times)

まずはウォーレンです。

午後3時17分の質疑応答 「インデックスに打ち勝つには」

ある投資家の質問「アメリカで最高の企業20社の株を買えば、インデックスファンドに投資するよりもよい成績をあげられますか」。

バフェット氏「たぶん同じぐらいの結果になると思います」。彼はもっと大きな観点に立つ話へと進んだ。「プロの投資家がいる一方で、アマチュアで投資をしている人もいます。プロであるためには多大な労力や調査が要求されます。ふつうのアマではそんなに時間はとれないか、やろうという気もおきないものです」。

バフェット氏「ほとんどの人にとって大きな問題なのは、プロであることが要求されるゲームにおいてそれほど時間を費やしていないのに、プロのように振る舞おうとしていることです」。

3:17 P.M.Trying to Beat the Index

A shareholders asks if buying shares in the 20 best companies in the United States would be better than investing in an index fund.

Mr. Buffett replies that the results would probably be similar. Then he launches into a bigger point: there are professional investors, and then there are amateurs who invest. Being the former requires a lot of work and research, which many, many amateurs don't have the time or inclination to do.

The main problem for most people, he says, is "trying to behave like a professional when you aren't spending the time in the game needed to be a professional."


つぎにチャーリーです。あいかわらずのユーモアです。

午前11時52分の質疑応答 「バークシャーとは」

Fortune誌のルーミス女史が、聴衆の株主の代理で質問した。「13歳の娘に対して、バークシャーとその中核をなす価値観をどのように説明すればよいでしょうか」。

バフェット氏がシーズ・キャンディーのファッジをつまんでいるかたわらで、マンガー氏が話しだした。「他の人たちがばかげたことをしているときでも、我々は分別を持ちつづけるようにしてきました。これはひとつの競争優位ですね」。さらにこう付け加えた。「子会社にとっては良き世話役であり、同時に良きパートナーであるよう心がけています」。

「非常にうまいやりかたでした」、彼はユーモアをこめて言った。「これが狙ってできていたらなあ、と思いますよ」。

11:52 A.M.Defining Berkshire

Ms. Loomis of Fortune asks a question on behalf of a shareholder in the audience: How would you explain Berkshire and its value premise to the investor's 13-year-old daughter?

Mr. Munger takes first crack as Mr. Buffett helps himself to some See's Candy fudge: "We like to stay sane while others go crazy. That's a competitive advantage." He also notes that the company tries to be a good steward to its subsidiaries and a good partner.

"This was a very good idea," he says drolly. "I wish we'd done it on purpose."

2013年5月5日日曜日

2000年こわれない橋をつくる方法(セス・クラーマン)

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ファンド・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』からの引用です。今回は第3章「成績競争にいそしむ機関投資家、負けるのは顧客」(The Institutional Performance Derby: The Client Is the Loser)からご紹介します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

機関投資家を動かすものとして、次の両方が想像される。ひとつは、すぐれた投資成績を達成できるよう挑戦しつづけること。もうひとつは、自身が経済的に成功すること、すなわちこの儲けのあがる資産運用の商売に参加する客を増やすことだ。投資家である顧客にとっては残念なことに、それらの目的は相反することが多い。ほとんどのマネー・マネージャーの報酬は達成した結果によって決まるのではなく、運用総資産額のある割合として決定されるからだ。つまり運用資産を増やしてもっと手数料をかせごう、ということだ。一般に資産運用のビジネスでは、運用資産が増加するにつれて儲けが増える一方、投資で好成績をあげるのは難しさを増していく。マネー・マネージャーとクライアントの双方は自分の最上の利益を思いえがくが、一般にそれらの対立はマネージャーの好みによって解決されている。(p.37)

Institutional investors are presumably motivated both by the ongoing challenge of achieving good investment results and by the personal financial success that accrues to participants in a profitable money management business. Unfortunately for investment clients these objectives frequently are at odds. Most money managers are compensated, not according to the results they achieve, but as a percentage of the total assets under management. The incentive is to expand managed assets in order to generate more fees. Yet while a money management business typically becomes more profitable as assets under management increase, good investment performance becomes increasingly difficult. This conflict between the best interests of the money manager and that of the clients is typically resolved in the manager's favor.

機関投資家にとって、顧客をつなぎとめようとする圧力は息苦しいほどのものだ。顧客は成績が最低だったマネージャーをとりかえがちなので(それゆえマネー・マネージャーはそれにおびえながら生活している)、ほとんどのマネージャーは大勢から離れないように留意する。平均的な成績にとどまっていれば、成績が最低のマネージャーよりもずっと顧客を失いにくいからだ。そのため、ほとんどのマネー・マネージャーは月並みな成績でも許容範囲と考えるようになる。成功するとわかっている型破りな決定をくだせば、すばらしい投資成績をあげて、顧客増加につながるかもしれない。しかし失敗したときのことを考えると、つまり悲惨な成績におわって多分に顧客が離れていくリスクは、たいていは高すぎるとみなされている。(p.38)

The pressure to retain clients exerts a stifling influence on institutional investors. Since clients frequently replace the worst-performing managers (and since money mangers live in fear of this), most managers try to avoid standing apart from the crowd. Those with only average results are considerably less likely to lose accounts than are the worst performers. The result is that most money managers considers mediocre performance acceptable. Although unconventional decisions that prove successful could generate superior investment performance and result in client additions, the risk of mistakes, which would diminish performance and possibly lead to client departures, is usually considered too high.

成績の相対評価志向とはなにか。投資成績を評価するにあたり、絶対的な基準で評価するのではなく、広範な株式市場の指標(インデックス)たとえばダウ工業平均やS&P500と比較したり、ほかの投資家の成績と比較することだ。ほとんどの機関投資家は、自らの成否を相対的な成績によって判断する。インデックスや同グループに属する競争相手を上回ろうとするマネー・マネージャーは、自分のする投資先が魅力的なのか、さらには絶対的な意味で妥当なのかという観点で視野狭窄となっているかもしれない。(p.39)

What is a relative-performance orientation? Relative performance involves measuring investment results, not against absolute standard, but against broad stock market indices, such as the Dow Jones Industrial Average or Standard & Poor's 500 Index, or against other investors' results. Most institutional investors measure their success or failure in terms of relative performance. Money managers motivated to outperform an index or a peer group of managers may lose sight of whether their investments are attractive or even sensible in an absolute sense.

レストランで夕食をとるときに、シェフがいつもよそで食事をとっているような店は選ばないものだ。それと同じで、自分の手料理を口にしないマネー・マネージャーには満足すべきではない。ここで述べておくに値すると思うが、自己資金を顧客の資金と共に投じている機関投資家のマネージャーは、ほとんどいない。そのあやまちのおかげでマネージャーたちは、顧客にとっての最上の利益ではなく 、会社のほうを専心して追求できるようになる。

経済学者のポール・ローゼンシュタイン=ロダンは、人間の動機を理解するうえで「おびえ要因」を指摘したことがある。「古代ローマでは建設上の慣行として、完成した建造物から足場をはずすときに、ローマの技術者がその真下に立たされました。建造物が崩壊することになれば、それをまっさきに知るのは彼自身だったのです。そのため建造物の品質に対して、きわめて個人的な関心を抱くこととなります。ローマ時代の建造物がまだいくつも現存しているのは、驚くべきことではないでしょう」。(p.40)

(Wikipedia "Pont du Gard"より)

You probably would not choose to dine at a restaurant whose chef always ate elsewhere. You should be no more satisfied with a money manager who does not eat his or her own cooking. It is worth noting that few institutional money managers invest their own money along with their clients' funds. The failure to do so frees these managers to singlemindedly pursue their firms', rather than their clients', best interests.

Economist Paul Rosenstein-Rodan has pointed to the "tremble factor" in understanding human motivation. “In the building practices of ancient Rome, when scaffolding was removed from a completed Roman arch, the Roman engineer stood beneath. If the arch came crashing down, he was the first to know. Thus his concern for the quality of the arch was intensely personal, and it is not surprising that so many Roman arches have survived.”

2013年5月3日金曜日

経済学の強みとあやまち(チャーリー・マンガー)

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少し前の投稿で、ウォーレン・バフェットが「経済学は役に立つ学問だ」と発言していました。チャーリー・マンガーも過去に経済学を話題にとりあげて講演しています。今回からのシリーズではその講演を全訳します(日本語は拙訳)。

なお原稿に起こしたものは『Poor Charlie's Almanack』に収録されていますが、インターネット上でもみつかりますので、お急ぎの方はそちらをごらんください(たとえばティルソンのPDFファイル)。

学際的観点が望まれることを考慮した上での、経済学の強みとあやまち
ハーブ・ケイ記念講演
カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校経済学部
2003年10月3日

Academic Economics: Strengths and Faults after Considering Interdisciplinary Needs
Herb Kay Undergraduate Lecture
University of California, Santa Barbara
Economics Department, October 3, 2003

私見をざっとまとめてきましたので、まずそれをお話ししてからご質問をおうけしましょう。私がお相手できる範疇で、おつきあい頂ける方がおられるかぎり続けたいと思います。すでにお気づきと思いますが、私が今回の件をおうけしたのは、ソフト・サイエンス[≒社会科学]のことはまとめて話したほうがよいとする考えに、何十年も前から関心があったからです。もちろん経済学はさまざまな観点において、ソフト・サイエンスの女王と呼べるものです。そして他の分野以上によりよく機能することが望まれています。私が思うに、経済学は他のソフト・サイエンスよりもずっと学際的ですが、まだまだ不十分でもあります。そこで今回は、うまくいっていない点を説明したいと思います。

経済学という学問の強みや弱みをお話しするにあたり、みなさんにお知らせしておくべきおもしろい事実があります。実は、経済学の授業というものを私はまったく受けたことがありません。何の資格もないくせに、ここにきて講釈を垂れるあつかましさはいったいぜんたい何者か、と思われるでしょう。なぜなら私は、あつかましさにかけては熟達者として生まれついたからです。知り合いの女性にも何人かおぼえがありますが、金づかいの手練という人がいますよね。それとは違って私の場合は、あつかましさの黒帯を授与されています。

私の中では一風変わった2つの経験が撚り合わさっており、それが有用な経済的洞察を授けてくれているのかもしれません。ひとつはバークシャー・ハサウェイで、もうひとつは個人的な教育上の経歴です。言うまでもなくバークシャーは興味深いものとなりましたが、ウォーレンがバークシャーの舵取りをはじめた頃は、市場価値は1,000万ドルぐらいでした。当時と比べてそれほど多くの株式が発行されていないにもかかわらず、40数年後の現在では市場価値は10,000倍となって1,000億ドルほどに達しています。経営にたずさわってからは一年一年遅々としてはいましたが、ほとんど過ちをおかすことなく前進し、ついにはいくらか注目をあつめるようになりました。これは、ウォーレンや私がミクロ経済学においてなにか有用なことを知っているかもしれないことを示唆しています。

さて本題です。ノーベル賞を受賞したある経済学者が、長い間にわたってバークシャー・ハサウェイの成功を次のように説明してきました。

当初、彼はこう説明しました。バークシャーが普通株投資で市場に打ち勝ったのは、標準偏差1σ[シグマ]の幸運によるものだ。幸運なくして市場に勝てる者はいないからだ、と言ったのです。当時は経済学部のほとんどで、この市場効率理論のハード・フォーム版を教えていました。市場に勝てる人などいない、そう教えられたのです。この先生は次に2σへ進み、3σ、4σ、あげくのあては6σ[≒100万回につき3回強]の幸運とまでなったときにはみんなが大笑いするものですから、ようやく彼はそこでおわりにしました。

しかし、彼は説明をひっくり返してこう言ったのです。「いいや、違います。6σには変わりませんが、彼らの能力がそうだと言っているのです」。このずいぶんと残念な昔話は、ベンジャミン・フランクリンが『プーア・リチャードの暦』の中で見出していた真実を実演してくれました。「他人を説得したければ、理由を説かずに、利害に訴えること」。みずからの動機づけによって、その御仁は馬鹿げた持論を変えることとなり、その後は元にもどしませんでした。

I have outlined some remarks in a rough way, and after I'm finished talking from that outline, I'll take questions as long as anybody can endure listening, until they drag me away to wherever else I'm supposed to go. As you might guess, I agreed to do this because the subject of getting the soft sciences so they talk better to each other has been one that has interested me for decades. And, of course, economics is, in many respects, the queen of the soft sciences. It's expected to be better than the rest. It's my view that economics is better at the multidisciplinary stuff than the rest of the soft science. And it's also my view that it's still lousy, and I'd like to discuss this failure in this talk.

As I talk about strengths and weaknesses in academic economics, one interesting fact you are entitled to know is that I never took a course in economics. And with this striking lack of credentials, you may wonder why I have the chutzpah to be up here giving this talk. The answer is I have a black belt in chutzpah. I was born with it. Some people, like some of the women I know, have a black belt in spending. They were born with that. But what they gave me was a black belt in chutzpah.

But, I come from two peculiar strands of experience that may have given me some useful economic insights. One is Berkshire Hathaway, and the other is my personal educational history. Berkshire, of course, has finally gotten interesting. When Warren took over Berkshire, the market capitalization was about $10 million. And forty-something years later, there are not many more shares outstanding now than there were then, and the market capitalization is about a $100 billion, ten thousand for one. And since that has happened, year after year, in kind of a grind-ahead fashion with very few failures, it eventually drew some attention, indicating that maybe Warren and I knew something useful in microeconomics.

For a long time there was a Nobel Prize - winning economist who explained Berkshire Hathaway's success as follows:

First, he said Berkshire beat the market in common stock investing through one sigma of luck because nobody could beat the market except by luck. This hard-form version of efficient market theory was taught in most schools of economics at the time. People were taught that nobody could beat the market. Next, the professor went to two sigmas, and three sigmas, and four sigmas, and when he finally got to six sigmas of luck, people were laughing so hard he stopped doing it.

Then, he reversed the explanation 180 degrees. He said, “No, it was still six sigmas, but it was six sigmas of skill.” Well, this very sad history demonstrates the truth of Benjamin Franklin's observation in Poor Richard's Almanack, "If you would persuade, appeal to interest and not to reason." The man changed his silly view when his incentives made him change it and not before.